レノファ山口FCレディース・田中陽子が、地元に帰ってきた理由「海外での経験を山口で伝えたい」

INAC神戸レオネッサやスペイン、韓国のプロリーグでプレーした元サッカー女子日本代表の田中陽子(たなか・ようこ)選手。2024年末に地元・レノファ山口FCレディースへクラブ初のプロ契約選手としての加入が発表され、現在はチームの核として活躍しています。

海外移籍という選択、そしてなぜ今山口へ帰ってきたのか。その決断に至るまでの葛藤やプロセス、海外での生活についてお話を伺いました。

スペインで体感したサッカーのある日常

ー高校卒業後は、INAC神戸レオネッサ(以下、INAC)やノジマステラ神奈川相模原(以下、ノジマ)といった日本のクラブでプレーされました。そこからスペインのクラブへ移籍することになった経緯を教えていただけますか?

海外でプレーしたいという気持ちは、中学生のころから持っていました。JFAアカデミー福島時代の海外遠征やアンダー世代の代表活動を通して、海外の選手とプレーの感覚が合っていると感じていたんです。

高校卒業後すぐの渡航を考えていたのですが、当時は海外の受け入れ環境が整っておらず、また自分自身の実力も足りなかったこともあり実現しませんでした。そこから日本では7年半プレーしましたが、海外への憧れはずっと持ち続けていたんです。

そして2018年に、スペインのクラブからオファーをいただくことができました。一度は当時のチームや自分自身の状況を考えて見送ったのですが、1年後に再び同じクラブから声をかけていただいて。前回よりも良い条件でしたし、自分の中での自信と周囲からの応援の声もあって移籍を決めました。

ーもともと海外の中でもスペインに行きたい気持ちが強かったのでしょうか?

私がINACに入団してすぐにバルセロナ遠征があったんです。前年にリーグ優勝をしていたので、その優勝旅行という形ですね。当時の監督や選手にバルセロナファンが多く、現地では実際に対戦もしました。

その時に、街の雰囲気やサッカー熱、人のあたたかさに惹かれて、スペインに行きたいなと思うようになりました。

ーサッカー熱や環境など、現地で感じた日本とスペインの違いを教えてください。

週末になるとみんなでサッカーを観に行きますし、バルなどの飲食店でもずっとサッカーの映像が流れています。陽気で感情をはっきり表す国民性もあって、観客が少ない試合でも、スタンドからの熱量がものすごくて驚きました。

 ー女子サッカーへの関心はどのように感じましたか?

バルセロナやレアル・マドリードといったビッグクラブを中心に観客数は増えていて、リーグ全体としてのレベルも上がってきています。年々、盛り上がりを見せているなという印象です。

スペインでの成功のきっかけは「自分の意思をアピールし続ける」こと

ー海外ではフィジカルなど選手の個の強さもあったかと思います。その中で日本人が通用する部分はどこにあると感じましたか?

チームに溶け込みながら自分の特徴を出せる適応力や、プレーの判断スピードは大きな強みだと思います。アジリティを活かした細かな動きや相手の逆を突くプレーにも長けているので、そういったスタイルを求められるチームでは日本人の良さがすごく活きると感じます。

私が最初に加入したチームは、パスを繋ぐよりも縦に早いスタイルだったので、慣れるのが大変でした。スペインでは前提として“戦うこと”が求められ、そのうえでボールを奪ったあとのパス精度や攻撃の起点となるプレーができる選手が評価されます。そこを意識して取り組むようになってから、チーム内でも信頼されるようになっていきました。

ーその感覚はスペインに行ってどのくらいで掴めたものですか?

移籍して2シーズン目に入って何試合か出場した時に、技術的には通用していると感じる一方で、チームのパワフルなスタイルにうまく馴染めていないと感じていました。ボールを持たないと私の良さが出せないこともあって、どうすればいいんだろうとすごく悩みました。

そんな時、当時のスペイン人エージェントとやり取りをする際に通訳を手伝ってくださる日本人の方がいたんです。その方はスペインに長く住んでいらっしゃったので、スペインの人の特徴やサッカー文化に詳しくて。スペインでは「こうしたい」「ああしたい」といった気持ちを強く伝えることが大事だと教えてくれました。

たとえば、ボールをもらえなかったときに、ちゃんと欲しかったと表情や言葉で伝えるだとか、出してくれるように強くアピールするだとか、たとえ演技でもいいから表現することが必要だと。スペイン語でのやり取りは難しかったですし、アピールすることも得意ではなかったですが、練習から少しずつそうした姿勢を出していくように心がけました。

試合前には「取ったらワンタッチで出してね」と毎回声をかけたり、練習中も何度も同じ要求を続けました。コーチや監督も私の姿勢を見て、「この選手は今すごく頑張っているな」と感じてくれたようで、周囲の目が変わっていったんです。それからはパスが来るようになって、得点やアシストも増えました。

ーアピールすることは大事ですが、日本人選手は慣れていないことが多いですよね。

そうですね。ただ、難しいからこそ、その壁を破ってみることが大切じゃないかと思うんです。もちろん簡単ではないですが、そこから得られる学びが多いので、前向きに取り組むようにしています。

スペインから韓国へ。プレースタイルの違いは「やっていて面白かった」

ースペインから韓国への移籍は、どのような経緯があったのでしょうか?

私がスペインで最後に所属していたクラブで、給与の未払いや選手の契約についてトラブルがあったんです。

そんな時に、以前から知っていた韓国のエージェントの方が、声をかけてくださいました。日本人選手を多くサポートしていらっしゃる方で、私がINACにいた頃から気にかけてくれていたらしいのですが、声をかけるタイミングを逃していたそうなんです。

ただ、スペインと韓国ではシーズンの時期が異なっていて……スペインでのシーズンが6月に終了して、そこから移籍するとなると、韓国のリーグは半分が終わっている状況でした。タイミングが難しくて、すごく悩みましたね。

ー最終的に移籍を決めた理由は何だったのでしょうか?

韓国のエージェントの方が声をかけてくださったタイミングが良かったこと。あとは、韓国は以前からプレーしてみたい国の一つだったからです。

ー実際に行ってみて、いかがでしたか?

韓国は情が深い国なので、困ったことがあればすごく助けてくれます。一方で、日本よりも上下関係は少し厳しいかもしれません。あとは国をあげてアスリート育成に力を入れていて、多くの選手が小さい頃から寮生活をしているんです。だから、チームメイト同士が家族的というか、深い絆でつながっている印象を受けました。

試合中心のハードなスケジュールでしたが、日本とは違いカップ戦などの大会は全チームが一つの地域に集まって短期間で行われるので、オフの時間に他チームの仲のいい選手とカフェで話すなど韓国ならではの過ごし方も楽しめました。

韓国の女子サッカーにプロリーグはなく、企業スポーツのような仕組みになっていて、試合は無料で観戦することができるようになっています。設備や環境は整っていますが、観客数は少なめという、他の国にはあまりない形のリーグだと思います。

ーサッカーのスタイルで言うと、韓国はどんな印象ですか?

韓国のサッカーも個がすごく強いですね。特にスピードとフィジカルは、日本よりも速くて強いと感じます。中盤でつないでゲームをコントロールするような選手は少ないですね。

だからこそ、日本人選手の細やかな技術や戦術眼を評価してくれる監督や選手も多くいるんです。お隣の国なのに、こんなにサッカーのスタイルが違うんだっていう面白さもありました。

ー今は韓国に挑戦する日本人選手も増えているのでしょうか?

リーグ全体で常に6〜8人くらいはいますね。料理も美味しいし、サッカーの環境も整っていて、日本とは違う刺激がある。そういう意味では、成長できる環境がしっかりあるなと感じます。韓国に行った選手はみんな韓国のことを好きになると思います。

ースペインと韓国、2つの海外リーグを経験してきた田中選手から、これから海外で挑戦したいと考えている選手へメッセージをお願いします。

海外に行きたい気持ちを持っているなら、ぜひチャレンジしてほしいと思います。やってみないとわからない未知数な部分が本当に多いですが、サッカー以外でも人としての力が磨かれるし、すごく大きな財産になります。今は挑戦しやすい環境も整ってきていると思うので、勇気を持って飛び込んでみる価値は十分あると感じています。

そして、地元・山口へ。移籍の決め手と故郷への思い

ーそして2024年12月に地元のレノファ山口FCレディース(以下、レノファレディース)への加入が発表されました。山口に戻ってくることは、もともと考えていたのでしょうか?

幼い頃に所属していたレオーネ山口というチームで一緒だった原川力選手(柏レイソル)と、地元の『キックオフ山口』という番組で対談した時に、「将来、山口に帰ってきたいと思いますか?」と質問されたことがあります。その時に、「タイミングが合えば挑戦してみたい」と話したのを覚えています。

10年くらい前、まだスペインにいた頃、オフシーズンにレノファレディースの練習に参加したことがありました。その時は社会人選手よりも学生が多かったので、ここ数年で一気に成長しているなと感じます。正直、地元にプロチームができるなんて想像もしていなかったですし、女子チームができたこと自体がすごく嬉しかったです。

ーいろいろな要素が重なって、今このタイミングでの決断だったんですね。

そうですね。契約が決まらなかったから山口に来たというわけではなく、韓国の他のクラブやWEリーグを含め、いろんなチームからオファーは頂いていたんです。

その中で、「一番難しい場所に身を置くことが、自分をもっと成長させてくれる」と思って、これまで積み重ねてきた経験や力を還元できる場所はどこだろうと考えたときに、レノファレディースが最も自分に合っていると感じました。

チームが昇格を目指していて、知名度を上げていきたいという思いもある中で、自分の存在が活きるんじゃないかと考えました。正直、私は前に出るのが得意なタイプではないですが、それも含めて挑戦だと思っています。

自分自身が成長できて、かつ地元・山口を盛り上げることができる。この2つが、今回の決断につながりました。

ー地元の皆さんからの反響も多くあったのではないでしょうか?

ありがたいことに、とても多くの反響をいただきました。加入を発表したときの反応は本当に想像以上でしたし、感謝の気持ちしかないです。

ー初めてチームに合流したとき、どんな印象を持ちましたか?

みんな仕事が終わってから練習に来ているのに、とにかくエネルギッシュなんですよね。チームの雰囲気がとても良くて、「本当に良いチームに来たな」と感じました。

みんなフルタイムで働きながらプレーしているので、仕事の都合で練習に参加できない選手もいます。でも、誰も弱音を吐かないし、本当にサッカーが好きだから続けている。その姿勢は、プロ選手とはまた違う強い思いがあるなと感じました。海外での経験やいろんなチームを見てきたからこそ、改めてこのチームは特別だなと感じています。

ー山口で挑戦したいことはありますか?

山口は自然がきれいで人も温かくて、改めて素敵な県だなと思いますし、すごく可能性があると思うんです。

また、サッカーもすごく注目されていて、レノファの試合会場も男女ともに盛り上がっています。チームメイトや子どもたち、地域の方々に、今までの海外での経験も含めて伝えていきたいと思います。

プロの女子選手が山口にいること自体がすごく価値のあることだと思うので、自分の成長も含めて、みんなが元気になれるような活動ができたら嬉しいですね。

ー今後のキャリアについては、どのようにイメージされていますか?

何歳までサッカーを続けるかは全く決めていません。今は、本当にコンディションが良くて、若い頃よりも自分の体と向き合えている実感があります。すごく充実していて、まだまだ良くなるという手応えがあります。

自分が成長しているからこそ伝えられることもあると思うんです。もともと言語化が苦手だったのですが、最近ようやく少しずつできるようになってきました。

自分のパフォーマンスを発揮しながら、これまでの経験をちゃんと伝えていく。人としてもサッカー選手としても、誰かのためになるような存在になっていきたいと思います。

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