「レジーナを知ってほしい」一心で。2万人の大観衆を呼んだ選手主導プロジェクトの裏側【左山桃子×瀧澤千聖×古賀花野】
3月8日に行なわれた2024-25シーズンのSOMPO WEリーグ第13節。エディオンピースウィング広島で行なわれたサンフレッチェ広島レジーナと三菱重工浦和レッズレディースの試合で、WEリーグの単独開催における史上最多となる(※)2万156人の観客が集まりました。
※5月6日に国立競技場で行われたWEリーグのジェフユナイテッド市原・千葉レディース対大宮アルディージャVENTUSの試合でWEリーグ史上最多となる2万6605人が集まったが、Jリーグとの同時開催だったため
サンフレッチェ広島レジーナはこの試合に向けて、「1万人動員プロジェクト」を実施していました。結果的にその倍以上の数であり、2万人超の大観衆が集った裏には、選手主体による前例なき挑戦がありました。「自由すぎる女王」をキャッチフレーズに掲げ、選手たちが立ち上がり、自らの手でファンとの距離を縮め目標を達成しようと奔走。瀧澤千聖選手、左山桃子選手、古賀花野選手の3人は、それぞれ「サポーター共同委員会」「お祭り実行委員会」「地域に根付く委員会」のリーダーとして、SNS発信から地域営業まで幅広い活動を選手主体で展開しました。
女子サッカー界が抱える観客動員という課題に対し、彼女たちが示した解決策とは何だったのか。目標を大きく上回る結果を生み出した舞台裏で、それぞれがどのような思いで活動し、何を学び、そして今後どのような挑戦を描いているのか。プロジェクトを牽引した3人の選手に、その全貌を語っていただきました。
目次
なぜ選手主体でスタートしたのか
ー今回の「1万人プロジェクト」を選手主体で進めることになった、最初のきっかけや主な経緯を教えてください。
左山:最初にフロントの方から「広報主体でこういうプロジェクトを考えているんだけど、どう思う?」と意見を求められた時、「それなら、ぜひ選手主体でやらせてもらえませんか?」と提案したんです。フロント側からOKをいただいて、千聖(瀧澤選手)に「一緒にやってみない?」と声を掛けました。
瀧澤:桃さん(左山選手)からそのお話をいただいた時、私も「お客さんを増やすために、何かできることはないかな?」と考えていたところでした。ちょうどエディオンピースウイング広島も完成し、新しいことをするなら今が最高のタイミング。選手主体で観客動員数を増やす企画は前例もないですし、私たちにとっても新しい挑戦です。ぜひやってみたいという思いもあって「みんなで一緒にやろう!」と2人で他の選手たちに声をかけました。
ーその話を聞いて、古賀選手を含めチームメイトの反応はいかがでしたか?
古賀:企画の話を最初に聞いた時「そんなことができるんだ!」と、純粋に驚きました。実際に、他の選手からも反対の声はなかったですし、どちらかと言うと「やってみたい!」と、みんな積極的な雰囲気でしたね。むしろこの企画をやり切ったら、どれくらいお客さんが集まってくれるんだろう?と、その期待の方が大きかったです。
ー今回のプロジェクトを進めるにあたり、「サポーター共同委員会」「お祭り実行委員会」「地域に根付く委員会」の3つの委員会が作られましたが、皆さんがリーダーになられた経緯を教えてください。
瀧澤:私が「サポーター共同委員会」のリーダーになった一番の理由は、選手一人ひとりの素顔や個性を多くの人に知ってもらって、もっと私たちのチームを好きになってほしかったからです。そのためには、まず私たちのことを身近に感じてもらうのが第一歩で、今の時代、SNSがすごく有効だろうなと。元々インスタライブはやっていましたし、何人かの選手と「TikTokやYouTubeの個人チャンネルもいいね」って話もしていたくらい、SNSでの発信には興味があったんです。そんな事情もあって、自分から「サポーター共同委員会」のリーダーになりたいと立候補しました。
「地域に根付く委員会」については、誰が適任か考えた時に、やっぱり広島出身の選手がいいだろうなと思って、それで古賀選手にお願いしたんです。
古賀:「やってくれる?」と聞かれたので、「はい、やります!」って即答しました(笑)。
左山:私は、プロジェクトが始まる前に「何かやりたいことはある?」とアイデアを求められて、その時に「絶対に犬と一緒に入場したいです!」って何度もお願いして(笑)。そういった経緯もあり、当日のイベント企画などを担当する「お祭り実行委員会」のリーダーになりました。
動画制作・イベント企画・地域活動…3つの委員会が挑んだそれぞれのミッション
ーそれぞれの委員会がどのような活動をされたのか、改めて教えていただけますか?まずは「サポーター共同委員会」からお願いします。
瀧澤:「サポーター共同委員会」では、主にTikTokの毎日投稿を目標に、YouTube動画も含めて企画から撮影、編集まで、ほぼ全て選手主体で行いました。企画会議では、他のYouTuberさんがやっているような案もたくさん出ましたね。「めぐさん王(吉田恵監督に関するクイズ)」とか、「おバカ王(選手たちによる学力テスト)」とか(笑)。あとは運動会や選手のオフに密着する企画、ドライブ企画、大食い企画なんかもやりたいという声があがりました。
ー実際に形にする上で、どのように企画を絞り込んでいったのですか?
瀧澤:大前提として、練習や試合に支障が出ないこと、そして選手の安全面を考慮しました。シーズン中ということもあり、なかなか大掛かりなものは難しかったのですが、YouTubeで実現が難しい企画はTikTokに回すなど工夫して、やりたかった案は、ほぼ全て形にできたと思います。
ー取り組まれるなかで想像より大変だったことはありますか?
瀧澤:最初は編集がすごく大変でしたね。5分くらいのTikTok動画を作るのに、2〜3時間かかってしまって…。
古賀:移動中もずっとスマホとにらめっこしてたもんね(笑)。
瀧澤:うん(笑)。どういう編集がいいかとか、どんな効果音を入れたら面白いかなとか、みんなでYouTubeを見て研究しました。グループLINEでも面白そうなTikTok動画を見つけては共有して、「明日これ撮ってみようよ!」といった感じで、日々アイデアを出し合っていましたね。
ー動画を拝見しましたが、選手の皆さんが楽しんで撮影されているのが伝わってきました!
瀧澤:ありがとうございます!実際に、撮影自体も楽しかったですし、普段より会話も増えて、メンバーの意外な一面を知ることもできました。クラブの公式動画とはまた違った、選手同士だからこそ出せる素の空気感や、レジーナの仲の良さをファンの方に届けられたかなと思っています。
ー続いて左山選手、「お祭り実行委員会」では、当日のイベントや演出を担当されたとのことですが、どんな内容だったか改めて教えてください。
左山:私たち「お祭り実行委員会」は、試合当日のスタジアムを最高のお祭りにすることを目標に活動しました。イベントやグルメはもちろん、1万人の方にプレゼントしたハッピのデザインも選手みんなで考えたんです。
例えばグルメについては、「お祭りで何が食べたい?」という純粋な疑問からアイデアを出し合い、味付けも「これがいいね!」という選手たちのリアルな声を集めました。本当に細部に至るまで選手たちの意見が反映されたと思います。
ー選手プロデュースグルメは、特に人気だったそうですね。
左山:そうなんです!元レジーナの増矢(理花)さんのコーヒーや谷口(木乃実)さんのたこ焼きは本当に一瞬でなくなってしまって。現役を引退されてチームを離れても、一緒に盛り上げてくれる仲間がいるのは、本当にレジーナの良さだし、温かいチームだなと感じましたね。
ーハッピのデザインも選手考案とのことですが、特にこだわった点は?
左山:最初は「この季節にハッピ?」という意見も選手内にはあったんです(笑)。でも、「お祭り」というテーマがあるなら、やっぱりハッピが一番だよね、と。デザインも、当初は背中に選手全員の集合写真を入れる案はなかったんですが、「やっぱりその年のメンバーがいた証を残したいよね」という話になり、あの形になりました。
ークラブスタッフの方からは「ハッピの影響でチケット販売が大きく伸びた」と伺いました。ファンの方々の反応はいかがでしたか?
左山:ファンの方々にもすごく喜んでいただいて、練習見学の時にハッピを持ってきてサインを求めてくださる方がいたり、アウェイの試合にも着てきてくれる方がいたり。ユニフォームは持っていなくてもハッピで応援してくれる方がいたりと、嬉しかったです。
瀧澤:子供たちがハッピの裾を紐みたいにして結んでいるのを見た時は、「めっちゃ可愛い!」って、思いましたね。
6万枚の告知物配布、TikTok毎日更新…サンフレッチェ広島レジーナが示した「女子スポーツで2万人集客」の方程式
ー続いて古賀選手、「地域に根付く委員会」の活動内容について教えてください。
古賀:「地域に根付く委員会」では、まず地元の皆さまにレジーナを知っていただくことを第一に活動しました。具体的には、練習後に選手みんなで手分けをして市内外の企業や様々な場所を訪問し、チラシやポストカードをお配りしたり、積極的にお声がけしたり。1万人の方にスタジアムへ足を運んでいただくという大きな目標があったので、何よりもまず、私たちの顔と名前、そしてチーム自体を知っていただくことが一番大事だと考えました。
ー練習後の活動は体力的に大変だったのでは?
古賀:そうですね。でも、それ以上に「レジーナを知ってほしい」という気持ちの方が強かったです。用意されたチラシも1万枚以上あって、「これを全部配りきるぞ!」という勢いで活動していました(笑)。
瀧澤:今回の企業訪問で、社員の皆さんに直接「試合に来てください!」と声をかけると、「行ってみます!」「友達を誘います!」と温かい言葉をかけてくださったり、「友達の分も欲しいからポストカード5枚ください!」と言ってくださる方もいて。本当に嬉しかったです。
ー地域の方々と直接コミュニケーションを取る中で、レジーナというチームについて、何か新たな発見や改めて感じたことはありますか?
左山:「知ってるよ」と言ってくださる方もいれば、まだまだ私たちの活動が足りないな、と感じる瞬間もたくさんありました。それでも、この活動を通じて生まれた一つひとつの出会いが、レジーナというチームを知っていただく本当に貴重なきっかけになったと思っています。
二人のレジェンドが築き上げたレジーナの文化
ーそして迎えたプロジェクト当日。最終的に2万人を超える観客が集まりました。その瞬間の気持ち、見えた景色はいかがでしたか?
古賀:女子サッカーの試合に2万人もの方が来てくれるなんて、本当にすごいことですし、ただただ胸がいっぱいになりました。以前から男子や他のスポーツと比べ観客数の少なさは課題に感じていたのですが、今回の選手みんなで取り組んだプロジェクトで目標の倍以上の方が来てくれて、本当に嬉しかったですし、やってきて良かったなと心から思いました。
左山:まさか2万人を超えるとは想像もしておらず、信じられない気持ちと感謝でいっぱいでした。試合に勝ちたかった悔しさはありますが、それ以上にチーム全員の取り組みが成功し、大きな自信につながったことは間違いないです。今後も、この経験を力に、WEリーグをリードできるような活動をしていきたいと思います。
ー今回、「自由すぎる女王」というキャッチフレーズがありましたが、これはどういった経緯で決まったのでしょうか?
瀧澤:集客を始めた頃、「レジーナってどんなチーム?」と聞かれることが多かったのですが、私たち自身もなかなか説明できず、選手間で「チームを一言で表せるようなキャッチフレーズがあったらいいよね」と話していたんです。そんな時にクラブが提案してくれたのが「自由すぎる女王」でした。「レジーナ」は「女王」という意味ですし、私たちのサッカーも本当に自由。だから、その言葉を聞いた瞬間、選手みんなが「これしかない!」となって、満場一致で即決って感じでしたね。
左山:サッカーはもちろん、レジーナには自由に意見を言い合える雰囲気もあり、それがチームの強みになっています。「自由すぎる女王」というコンセプトは、今後もチームの代名詞として受け継いでいきたいです。
ーレジーナの「自由に意見を言い合える」その文化や雰囲気は、一体どこから生まれているのでしょうか?
左山:それはもう、近さん(近賀ゆかり選手)と福さん(福元美穂選手)のおかげですね。お二人が、このチームの素晴らしい文化や雰囲気を作り上げてきてくれたのは間違いありません。年齢関係なく、誰もが自分の意見を言えて、自信を持ってプレーできる。そういう環境があるのは、お二人がいたからだと、多分チームの全員が言うんじゃないかなと。
私自身も、お二人から、チームメイトへの接し方や普段の考え方など、学ばせてもらったことがたくさんありますし、本当にいつも「すごいなあ!」と思うことばかり。なので今のレジーナの雰囲気があるのはお二人がいてくれたからだと思っています。
瀧澤:本当にそうですね。チームが苦しい状況の時、例えば負けが続いている時なんかに、近さんはいつも「誰かがやるんじゃなくて、自分がやろう」と私たちに伝えてくれました。それはサッカーだけじゃなくて、今回のプロジェクトのような活動にも通じることなんだなって、改めて感じましたね。
ーサッカー以外の部分でのお二人の存在が大きかったんですね。
瀧澤:はい。近さんも福さんも、これまでずっと「自分がチームを引っ張るんだ」という姿勢を、いつも私たちに見せてくれていました。自分を犠牲にしてでもチームのために尽くす。その献身的な姿から、本当に多くのことを学びましたし、お二人の背中を見てきたからこそ、私たちも自然と「自分にできることは何か」と考え、それぞれの得意な分野で行動できるようになったんだと思います。
この熱狂は終わらせたくない。「自由すぎる女王」たちの次なる挑戦
ー今回のプロジェクトを通じて、普段あまり関わることのないクラブ運営の「内側」を見る機会があったかと思います。その中で特に印象に残った気づきや、学びがあれば教えてください。
瀧澤:改めて感じたのは、私たちのプレーや結果が、いかに多くの人たちの努力と喜びに支えられているかということ。一つの試合に、本当に多くの方が関わり、勝利をこれほど大勢の人が分かち合ってくれる。プロジェクトを通じてその責任の重さをしっかりと感じていたので、絶対に成功させたいという思いは、とても強かったです。
古賀:特に印象に残っているのは、目標達成が分かった瞬間の、スタッフさんたちが歓喜していた様子です。それは本当に短い映像でしたが、皆さんのプロジェクトへの真剣な思いと、達成したことへの純粋な喜びが、もう痛いほど伝わってきて、胸がとても熱くなりました。あの時のような喜びを、これからもみんなで分かち合っていきたいですね。
ー最後に、今回のプロジェクトを経て、今後どのような活動に力を入れていきたいか、あるいは個人的に「こんなことをやってみたい」という夢や目標があれば教えてください。
瀧澤:このプロジェクトを今回だけで終わらせずに、女子サッカーの輪を広げるためにも、私たちのアイデンティティ「自由すぎる女王」という言葉を、今後も様々な活動を通じて発信し続けていきたいです。個人的には、ファンが一体となって応援を楽しめる「ファンネーム」も実現させたいと思います!
古賀:このプロジェクトをきっかけに、本当に多くの方がレジーナを知ってくださったと感じています。この出会いを大切に、次はレジーナのサッカー、そして女子サッカーそのものの魅力を積極的に伝えていきたいです。そして、一人でも多くの方に、継続して私たちの試合を観に来ていただけるよう、チームみんなで頑張っていきたいと思います。
左山:レジーナの魅力は、やはり選手たちがすごく「自由」なこと。それは好き勝手に振る舞う自由さではなく、みんなが「チームのために何ができるか」を一生懸命考え、思ったことをどんどん言い合える、とても前向きな自由さで、これこそが今のレジーナの強さにも繋がっていると思います。なのでこれからもこのレジーナならではの良さを大切にしていきたいですね。