表に出ることが裏方。佐々木唯さん「私には現役でいる理由がある」

佐々木唯さんのダブルダッチのパフォーマンス中写真

世界大会2連覇中のプロダブルダッチチーム・REGSTYLEに所属する佐々木唯さん(YUI【REGSTYLE】 以下、YUI)。大学時代の全国大会優勝がきっかけとなり、ダブルダッチの魅力を伝えることを使命に活動を続けています。一度は競技を引退したものの、第一線に戻ることを決めた背景にはどのような葛藤があったのでしょうか。彼女に必要だった“遠回り”を辿ってみました。

「格好ばかり」と怒られても貫いたプレースタイル

小田
大学でダブルダッチを始める前は、バスケ部に入っていたと伺いました。ストリート文化という共通点をうっすらと感じますが、当時から意識はしていたのでしょうか?
YUIさん
当時から「かっこいいもの」への憧れが強かったですね。ストリートバスケは、ボールを使った小技とかトリックプレーを混ぜ込むんですが、あれがやりたくて(笑)練習では、走り込みなどのきついメニューもしっかりやっていましたけど、試合中は泥臭さよりも華麗さで魅せたいタイプ。おしゃれなプレーがしたくて、いつも監督に怒られていました。

佐々木唯さんとのインタビュー中の写真

小田
その頃から表現することにこだわりがあったんですね。
YUIさん
それが自分の美学でした。だからといってプレーの質が下がるというのは嫌だったので、練習はやりこんでいました。監督からすると余計「なんで練習通りのプレーをしないんだ」と言いたくなりますよね(笑)。でも練習の成果は出していましたし、態度が悪いということもなかったので、レギュラーとして試合にも出させてもらっていました。
小田
監督からすると少し歯がゆさもありそうです。
YUIさん
そうですよね。ファッションも好きだったので、シューズやバスパンもおしゃれなのがほしくて、お小遣いを貯めて海外ブランドを買ってました。日本製の方が足にも合うし、壊れにくいんですけど。
小田
それこそ美学でしか説明ができませんね。
YUIさん
監督には「お前は格好ばかり」って100回くらい言われていました(笑)

美学を貫ける場所がダブルダッチだった

小田
高校からはバスケとストリートダンスを両立し始めたんですよね。
YUIさん
部活とは別にダンススクールに通っていました。幼いころからシャイで、引っ込み思案だったのがすごくコンプレックスだったので、ダンスという人前で表現をすることへの憧れが強かったんだと思います。でも、そのときはまだバスケが本業で、ダンスは趣味という感覚でした。
どちらも楽しかったので、大学ではバスケでのアスリート性と、ダンスでの表現性の両方を生かせないかなとぼんやり思っていたときに、たまたまダブルダッチを知ったんです。

姉の大学の文化祭に行ったら、路上に人だかりができていて。何だろうと思って見に行ったら、ロープが回る中で人が踊っていて、歓声が上がっている。なんだこれ、絶対やりたい!って。この人たちと一緒にやりたい!というのがそのまま大学の志望理由になり、入学後すぐに入部しました。ストリートカルチャーへの憧れにもマッチしていたんだと思います。

佐々木唯さんとのインタビュー中の写真

小田
YUIさんのなかで、ストリートカルチャーってどういうものなんですか?
YUIさん
どう言えばいいのかな。正しい知識かどうかわからないんですけど、遊びのなかから生まれてきたもの、ですかね。やりたいからやる。好きだから集まる。競技性もあるんですけど、その前に自分の意思や美学があって、それを表現するパフォーマンス性がある。その両面がおもしろいですね。
小田
自分が楽しむことが前提にあるんですね。
YUIさん
自然発生的に集まってくるから、縛られるものではないですね。だから、チーム同士もバチバチのライバルという関係性ではないんですよ。同じものを楽しむ同志。そのコミュニティの雰囲気も魅力です。
私は京都の大学のチームに所属していたのですが、当時ダブルダッチで全国大会優勝するのは、日本体育大学を筆頭に関東のチームばっかり。だから関西のチーム全体で「関西で全国取ろうぜ」と団結していました。「俺らも頑張るし、お前のとこも頑張れよ」って。
小田
当時から視線の先が全国だったんですね。狭い範囲で戦ってんじゃねーよっていう。
YUIさん
そうそう。もはや「関西で世界取ろうぜ」って言ってましたね。だから、わたしが大学三年生のときに、ついに全国大会優勝を達成したときには、一緒に表彰台に並んだ他の関西のチームが「わーっ」って一緒になって喜んでくれたんです。そういう空気感も含めて、ダブルダッチに浸かっている感じ。

佐々木唯さんとのインタビュー中の写真

現役だから伝えられることがある

小田
ダブルダッチを仕事にしようと、いつから考えていたんですか?
YUIさん
今思うとその全国大会が分岐点になっています。実は家族がわたしのパフォーマンスを見たのは、その日が初めてでした。特に3つ上の姉は私と正反対の性格で、運動もしないし、ましてやステージ上で踊るなんて考えられない、というタイプ。私がダブルダッチをやることに対しても、あまり応援してくれていなかったんですよね。でもこの日のパフォーマンス後に、姉が私に抱きついてきて「めちゃくちゃよかったよ!こんなすごいことやってたんだね」と、言ってくれたんです。
こんな真逆の価値観を持つ人にも、何かを伝えることができたんだなって。私にもっと表現力が身につけば、もっと多くの人にも「明日頑張ろうかな」とか「諦めていたことをやってみようかな」という気持ちを与えられるんじゃないかなって。そのために挑戦し続けようと決めました。
小田
選手としてですか?それともトレーナーとして?

佐々木唯さんとのインタビュー中の写真

YUIさん
もっとうまくなりたい、ではなく、この競技の魅力をもっと伝えていきたい、というモチベーションだったんですよね。縄の回転の速さといった技術だけでなく、内面的な部分も含めて。そこで、まず一つの失敗をするんですが・・・。
小田
失敗?
YUIさん
今振り返ると色々と恥ずかしい部分があるのですが思い切って話しますね。
当時の私は、ダブルダッチで有名になるよりも、歌とダンスで有名になって発信力を持ったほうが早いんじゃないかなと思って、芸能事務所でダンスボーカルを目指すことにしたんです。ファンが増えてから、ダブルダッチの魅力を発信していこうと。そこで2,3年トレーニングや、オーディションを受けたりしながら、ステージに立つ日々を送っていました。
小田
方法としては悪くない気もしますが。
YUIさん
私より歌がうまい人なんてたくさんいるし、そもそも一番の目的がダンスボーカルではなくてダブルダッチを伝えるという時点で、競争のスタートラインにも立っていないというか。そんな甘い話ではないなって、3年かかって気づきました。その間ずっとダブルダッチを伝えたいって言い続けていたので、「じゃあやりなよ」とよく言われていました。でも、もう裏方に回ることに決めたからと意固地になってて。でもどこかで、どっちもやれたらいいよなって思っていたのも事実でした。そんなとき今のプロチームに声をかけてもらって加入して、今に至ります。
小田
現役に戻ってよかったと感じることはできましたか?
YUIさん
今をリアルに語れる。そのことが一番の価値ですね。あのまま裏方にいたら、ダブルダッチを過去の話としてしか語れなかったと思うんです。過去の話って全部きれいごとになるんですよ。でもそうじゃない。ダブルダッチをするなかで感じる悩み、苦しみも含めて全てをその渦中にいる身として伝えたい。そのために現役でいることは必須ですよね。

佐々木唯さんのダブルダッチのパフォーマンス中写真

小田
その後はラジオのパーソナリティも務めるなど、活躍が広がっていきましたね。
YUIさん
もともとシャイだったこともあり、本当は喋るのも苦手なんです。だけど、ダブルダッチの世界には、私より何倍もかっこいい人たちがたくさんいる。その人たちのことをもっと知ってほしい。その役割をする人がいないなら、私がやろうっていうモチベーションです。穴になっている部分をみつけて、はまりにいく感覚というのかな。
小田
縁の下の力持ちタイプですか?
YUIさん
実はダブルダッチ自体に、そういう考え方が根付いています。真ん中のパフォーマーを一番輝かせるために、縄を回すターナーや縄の外にいる人はどうしたらいいのかを追及するという側面がある競技です。
小田
そうしたカルチャーにも響き合うものがあったんですね。今は世界大会三連覇に向けて準備中だと思いますが、世界チャンピオンという肩書はYUIさんの活動にどんな影響を与えていますか?
YUIさん
世界チャンピオン自体は、毎年どこか一つのチームが必ず選ばれるもの。そういう意味では、チャンピオンになれて嬉しいという感情はそこまで大きくない。ただ、「元チャンピオン」なのか「現役世界チャンピオン」なのかで、伝えられることが変わると思っています。
実はもともと、世界大会でタイトルを狙うことに私は意欲的ではなかったんです。今私たちがすべきことはダブルダッチを広めることであって、勝つことではないと考えていました。でもチームメイトがやりたいといったことは応援したい。気持ちの中ではそんな紆余曲折もありましたね。

結果的には、かつての私が手に入れたかった発信力を、ダブルダッチプレイヤーとして着実に掴めるようになってきました。

佐々木唯さんとのインタビュー中の写真

小田
勝つことの意義を見出したんですね。
YUIさん
それを教えてくれたチームメイトに感謝しています。私が「チャンピオン」という発信力を生かしてするべきことは、ダブルダッチという一本の木にたくさんの枝葉をつけて、大きく太くしていくこと。
カルチャーを切り拓いてくれた先輩方がいて、それを表現するパフォーマーたちがいて、繋いでくれる指導者がいて。本当にたくさんの人が関わり合いながら、それぞれに想いをもって、みんなでダブルダッチという木を育てている感覚があります。私もその一つの枝葉となりたいという思いで、ダブルダッチとはこの先もずっと関わっていたいですね。

やりたいことだらけのときは、動と静の時間を行き来して目標を整理する

小田
日本ではまだマイナーなダブルダッチという競技で、プロアスリートの道を切り拓いている最中ですが、最近の女性アスリート界に対して感じていることはありますか?
YUIさん
すごくポジティブな思いを持っています。最近は一般の女性の間にも、筋トレやフィットネスが普及してきて、鍛えるということが特別なものではなくなってきていますよね。私の周りでも、スポーツとは無縁に思えたような友達が、フルマラソンを走るなんてこともありました。表情や考え方もすごく変わっていて、内側から出てくるエネルギーが全然違うんですよね。
今まで、アスリートである女性と、そうでない女性の間にあった壁がどんどんなくなってきて、共感できる部分が増えているんじゃないかなと思います。
小田
YUIさん自身も、トレーニングの楽しさを伝える活動をされています。ダブルダッチに限らず、そういった場で大切に伝えている想いがあれば教えてください。
YUIさん
もっと自分に期待して!ということですね。目標に対して、なれると思って取り組むのと、きっとなれないと思ってやるのとでは、結果が違う。いいな、なりたいな。ではなく、なると決めた人だけがたどり着ける場所や、感じられるものがある。それを感じてほしいなと思います。
小田
YUIさん自身も、いろんな目標を一つ一つクリアしていますよね。
YUIさん
一時期は、やりたいことが多すぎて迷子になっちゃってたんですけどね。でも、一番大きな「ダブルダッチを伝える」という軸に紐づけて考えるようにしてからは、迷いがなくなりました。

佐々木唯さんとのインタビュー中の写真

小田
女性っていい意味で気が多いというか、いろんなことに挑戦したくなるところがありますよね。B&読者もそんな女性が多いと感じています。YUIさんは書道という正反対の世界でも師範レベルですが、真逆のものへの情熱をどのように両立しているんでしょうか?
YUIさん
私の場合、多分普段の時間を「動」とするなら、「静」の時間が必要なんですよね。タスクが溜まっちゃってどうしようもないときも、1時間でもいいから筆を運ぶことだけに集中すると、考えが整理されるんです。
会社で働く女性にとっては、きっとオフィスが「動」の時間。私のトレーニングに来ている女性を見ていると、体を動かすことで実際には自分のからだに向き合う「静」の効果を得られているような気がしています。
小田
そこで同じ感覚を共有しているんですね。YUIさんのアスリート性に触れることで感化される女性も多そうです。
YUIさん
そう感じてもらえたら嬉しいですね。スポーツを通じて自分をもっと好きになったり、考え方がポジティブになれたりする人が増えれば、それもまた「伝える」という自分の使命が叶うということだと思います。
自ら前に出ることで、輝く人の代弁者であろうとする生き方は、常に人のためを思う「柔」の人。信念の強さと繊細な感受性を持ち合わせるゆえに、様々な葛藤もありましたが、その全てが糧になり、世界チャンピオンという一つの結果を得ています。しかしそれすらも、YUIさんにとっては「ダブルダッチの魅力を伝える」という目標のための通過点。世界大会三連覇への期待を受けながらも、彼女の視点はさらにその先を見据えているに違いありません。

佐々木唯さんのプロフィール写真
YUI【REGSTYLE】
バスケットボールとストリートダンスの経験を生かし、大学からダブルダッチを始める。大学三年時に全国大会優勝。卒業後は、ダブルダッチの魅力を伝える発信力を得るために、ダンスボーカルとして芸能界入りを果たす。2014年から再びダブルダッチの第一線に復帰し、REGSTYLEに所属。チームとして初めて目指した世界大会で優勝し、世界チャンピオンに。

現在は同大会三連覇を目指しつつ、トレーニングジムのコーチ、フィットネスイベントのオーガナイザー、ラジオパーソナリティ、書道家といった様々な分野に活動の場を広げている。

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