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ランニングアドバイザー・福内櫻子さんが伝える、自由に走る生き方

福内櫻子さんのインタビュー中の写真

学生時代は全日本大学駅伝2位、関東インカレ3連覇などの成績を残した福内櫻子さん。その活躍ぶりと美貌から、美女アスリートとして大きな注目を集めていました。

そして卒業後にはスポーツメーカーに就職したものの、自身が持っていた影響力を活かすべく、ランニングアドバイザーとして陸上競技に復帰。“かわいくて走れる”の先駆け的存在として活躍してきた彼女が示す、ランナーの新しい道筋とは。

「もっと羽ばたきたい」と感じていた学生時代

中学から陸上をはじめ、高校、大学と部活漬けの毎日を送っていました。走ることは楽しかったのですが、ふと横を見ると双子の妹は海外に行ったり、モデルの活動をしたり、知らない世界にどんどん飛び込んでいる。自分の行動を自分で決めて生きている妹に、尊敬の気持ちを持ち始めました。私は何で陸上を続けているんだろう。続けなきゃいけないという気持ちになっているだけなんじゃないかって、自問自答し始めるようになりました。

別に拘束時間が長いとか、旅行にいけないことが嫌とか、そういうことではないんです。ただ、何ていうんでしょう。トレーニング内容、食事、日々の行動が、「こうしなきゃいけない」と、誰かに言われてやっているような感覚だったんです。遊びや恋愛をするのも、少し罪悪感を感じてしまうときもあって、窮屈さを感じていました。

福内櫻子さんのインタビュー中の写真

女性は繊細で、気持ちのムラも多いとよく言われます。だから指導者側も、厳しく縛るのが鉄則という暗黙の了解もあるのかもしれません。ですが実際、強くなる選手はオンとオフの切り替えが上手です。その切り替えを誰かに管理されたままでは、若い頃はよくても、年を重ねるごとに結果が出なくなる。高校生の頃に厳しい食事管理を受けた選手が、大学に入学して一気に太るという話もよく聞きます。結局、自己管理の能力が身についていないということなんです。

このまま実業団に入ってしまったら、自分で考える力が身に付かなくなるんじゃないか。そう思って、もう競技は引退しようと決めました。大学生の頃にスポンサーをしていただいていたスポーツメーカーに、一般社員として入社をしました。

今だからこそ分かる、高橋尚子さんの言葉

大学を卒業して陸上競技をやめるとき、高橋尚子さんから「櫻子ちゃんは辞めちゃダメだよ」と言われました。私にはもっと伝えられることがある、と。でも、当時はその言葉の意味が分からなかったんです。私より速い人はいるし、なんで私なんかに注目するんだろうって…。

就職先でも、現役時代からお世話になっていた方から「なんで辞めちゃったの」「今からでも戻ってほしい」と声をかけられて、徐々に考えが変わっていきました。現役時代は、競技って0か100かのイメージしかなかったんです。厳しく根を詰めて結果を追い求めるのか、辞めるのか。だけど、就職先のスポーツメーカーは、速さではなく、私の発信力を評価してくれていました。一度やめた私にも戻れる場所がある。ランニングアドバイザーとして、陸上が好きという気持ちを生かしたいと思えるようになりました。

福内櫻子さんのインタビュー中の写真

アドバイザーとしては、走る技術だけでなく、もっと自由に楽しんで走ることの大切さを伝えています。楽しむことと、競技力を高めることは両立できるはず。学生時代、そのことに気付けていればもっと長く続けられたのかな、と思うので、その経験も含めて発信していきたいですね。

たとえば部活動でも、選手を制限しすぎる必要はないと思います。例えば青山学院の原晋監督は、厳しい中に自由があります。自主性を伸ばす指導は、その後の選手生命にも生きてきますし、社会人として活躍するうえでも大切な素養です。だからこそ、私も女子大学駅伝の練習会に行った時は「自分で考えて行動できる選手になってください」と伝えています。

「陸上競技をやっているからこそ美しい」という価値観を

その中で、おしゃれをすることも少しずつ認められていってほしいです。体育会にいると、女を捨てているのがよしとされる風潮もあります。でも、かわいくなったら成績が落ちるわけでもないし、スポーツしてるからかわいくなれないわけないじゃないですか。女子アスリートの中には、競技をしながらも美しくなりたいと思っている人は多いはず。陸上競技をやっているからこそ美しい。私がそういう人になれば、周りの考え方も変わっていくかもしれません。

福内櫻子さんのインタビュー中の写真

実はすごく戦略的に、アスリート女子としての立ち位置を考えています。“かわいくて走れる”というのは、私が先駆け的な存在としてやってきたつもりです。でも、今はモデルさんでも走っている人がたくさんいますよね。そうなると、かわいさだけではモデルさんに敵わないので「見た目は走れなさそうなのに、いざ走ったらめちゃくちゃ速い!」というのを武器にしようと考えました。

以前、イベントにゲストランナーとして呼ばれたときには、ラストスパートだけ本気で走ったら「びっくりした」「そんなに速く走れるんだ」ってタレントさんにすごく驚かれましたね。最近はいろいろな分野の人がランの世界に入ってきているのは嬉しいことです。それと同時に、私ももっと頑張らないといけないと感じています。

スポーツ経験を生かす選択肢をもっと広げたい

最近はランニングを職業にしている人が増えてきていますが、今までは実業団での競技生活が終わったら、結婚するか実業団の会社に残るかのどちらかでした。でも、そういう人たちもせっかく陸上競技をがんばってきたのだから、それを何かに活かしたいじゃないですか。

私はありがたいことに大学時代から注目していただいて、スポンサーがついてくださったおかげで、ランニングアドバイザーという道にすぐ出会うことができました。今は個人でもSNSで影響力を持てる時代なので、選択肢は増えていますよね。

福内櫻子さんのインタビュー中の写真

私が頑張ることによって、そういう人たちに「こんな道もあるんだ」「引退して終わりじゃない」と思ってもらえたら嬉しいです。ただ、もっと影響を与えるためには、やっぱり結果が分かりやすいのかな。だからこそ、今シーズンはフルマラソンで3時間を切りたいですね。そうなれば、プロかプロじゃないかという2択ではなく、その間の生きる道が周りにも見えてくる。一度やめてもまた戻れるんだよって。そこにあるハードルをどんどん低くしていきたいんです。

お母さんになっても走り続ける

こうして陸上競技の世界に戻ってきて、ここまで来られたのは、夫(陸上競技・五ヶ谷宏司選手)の支えも大きいと思っています。家で競技の話をすることはあまりないですが、仕事の話になるとすごく真剣で、私のことを誰よりも理解して的確なアドバイスをくれます。

今は子どもが欲しい気持ちもありますが、好きなことを精一杯やってから母親になったほうが、良いお母さんになれる気がしています。好きなことを我慢してお母さんになると、どこかで好きなことをやっている誰かが羨ましくなってしまいそうで。

福内櫻子さんのインタビュー中の写真

もちろん出産後も陸上競技に戻ってきたいと思っています。日本には出産後に復帰することは難しい、みたいな固定観念があるじゃないですか。それなら、私がママになっても走れるところを見せていきたいです。今のファンの方々と一緒に年齢を重ねながら、ステージを駆け上がっていけたら嬉しいですね。

■プロフィール
福内櫻子さんのインタビュー中の写真

福内櫻子さん
1993年8月30日生まれ。中学から陸上を始め、高校では県大会に出場。大東文化大学に進学し、陸上競技女子長距離ブロックに所属すると、全日本大学駅伝2位、関東インカレ3連覇という結果を残した。その後第一線を離れるも、ランニングアドバイザーとして陸上競技への復帰を果たし、現在も個人の成績を伸ばしながら、走ることの楽しさを伝えている。

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