アスリートに学ぶセルフコントロール術。小堀宗翔さんとYUIさんが「孤独」を大切にする理由とは?

YUIさんと小堀宗翔さんの写真

勝負の瞬間に高いパフォーマンスを発揮するアスリートは、どのように心を整えているのでしょうか?

「わたしの動と静」は、アスリートが普段サポーターやファンに見せている「動」の瞬間を支える、「静」の時間に焦点を当てた対談連載です。

今回は、遠州茶道宗家13世家元次女として茶道の普及に努めながら、ラクロスの選手として社会人クラブチーム「MISTRAL」でプレーする小堀宗翔さんのもとを、プロダブルダッチチーム「REGSTYLE」のメンバーとして活躍する一方、書道家としての顔も持つYUIさんが訪ねました。

お二人が語る、「わたしの動と静」とは?

(聞き手・文・写真:山中康司)

 

心を清らかにする、ひとつひとつの所作

小堀さん
YUIさんとは普段からお話させていただいていますが、心の整え方というテーマでお話を伺ったことはないので、楽しみにしていました。

小堀宗翔さんの写真

YUIさん
はい、私も楽しみです!

YUIさんの写真

まずは、せっかくですのでお茶を召し上がっていただきながらお話しましょうか。お茶室へどうぞ。

茶花の写真

茶道の中にも、心を整えるための所作がありそうですよね。
そうですね。お茶を点てるのに、わざわざ時間をかけてひとつひとつの所作を行ないますでしょう?そのようにすることで、亭主もお客様も心を整えるという意味があります。
なるほど、そうだったんですね。
アスリートの方もよくお見えになりますけれど、心の中のモヤモヤとか、「自分はメダリストである」という名誉や重責を意識せず、穏やかな気持ちになっていただきたいので。

では、お茶を点てさせていただきますね。

小堀宗翔さんの写真

小堀宗翔さんの写真

小堀宗翔さんの写真

YUIさんの写真

…今の所作にはどんな意味が?
お茶を点てる前に、「帛紗(ふくさ)」という布で茶器や茶杓を拭いているのですが、このようにして道具を清めながら、自分自身の心も清めているのです。

そして、ご覧になっているお客様の心も清めて、お茶を召し上がっていただく時には、心に何もない状態にするための所作になります。

ああ、なるほど!

小堀宗翔さんの写真

小堀宗翔さんの写真

YUIさんと小堀宗翔さんの写真

お熱いのでお気をつけてお召し上がりくださいませ。
頂戴いたします。

YUIさんの写真

YUIさんの写真

……このお茶碗には何か意味が?
よくお気づきになりましたね。実はそれは、父がデザインしたお茶碗で、綱が描かれています。
たしかに綱です。
やっぱりYUIさんと言えば綱を連想させるので、そんなお茶碗をご用意させていただきました。

YUIさんの写真

ダブルダッチのロープですね?嬉しい!
聞かれるまであえてお伝えしないですが、お茶碗もお客様のことを考えながらお出ししているので、そうやって「今日のお茶碗、どんな意味があるのかな?」と思っていただけることが、茶人としては冥利に尽きます。

YUIさんと小堀宗翔さんの写真

お退屈さまでした。茶道の一連はこのような感じになります。いかがでしたか?
本当にスッキリしました。実は今日、ここに来るまで結構イライラしていたんです。
そうなんですか?
充電器のコードが絡まって「もう!」みたいな(笑)。でも、小堀さんのひとつひとつの所作を見てお茶をいただくと、自分に立ち返って「私も丁寧に生きたいな」と思えますね。

茶碗の写真

 

「静」の中の「動」、「動」の中の「静」

小堀さん
茶道は、「と静」でしたら「静」のイメージがありますよね。でも、本当は「静の中に動がある」という感覚なんです。
YUIさん
静の中に動がある?
止まっていないんですよね。実はすごく忙しい。私はラクロスもやっていますが、ラクロスをプレーするときは思い切り動けば良いんです。けれど、茶道はそうはいかない。ゆったりとした中で、ずっと動き続けてなければならないんです。
たしかに、今見せていただいたお点前も、流れるように動いていましたね。
からだだけでなく、頭の中も動いています。お客様が緊張していたら、どのタイミングで声をかけたら良いかななどと考えていたり。
おもしろいなあ。もっと無心で、ゾーンのような感覚でやられているのかと思っていました。
からだと頭の「動」が重なっていくことで「静」が作り出される。言い換えればゾーンに入っていく感覚はありますね。「今お湯が沸いてるな」とか「外から鳥のさえずりがして来たな」とか、周りの状況がよく見えて、でもリラックスしているような。

小堀宗翔さんの写真

「動と静」は相反するものじゃないんですね。
ダブルダッチは「動」のイメージがありますけど、その中にも「静」があるんでしょうか?
ありますね。ダブルダッチってからだだけで表現すると思われがちですけど、実は自分の内面と向き合わないと成り立たないんです。たとえば嫌なことを引きずったまま跳ぶと、楽しくないのが出ちゃうとか。
そうですよね。
そうならないために、今の自分がどういう状態なのかを知って、その曲が持つ「マインド」を自分に入れる作業が必要になるんです。シリアスな曲だったら、自分の苦しい感情の引き出しを開けないといけない時もあるし。その作業は、自分と向き合う「静」の時間になるのかなと。
動の中に静がある、という感じですね。
この話をして思い出したんですけど、私、自分自身のモチーフは何だろうって最近考えていて。

YUIさんの写真

モチーフですか?
自分を象徴するもの。私は決して、赤く燃え上がる炎ではないんですよね。でも、静かな熱さを内側に持っている感じがして。だから、「青い炎」が自分のモチーフなんじゃないかなって。青い炎のほうが実際は熱かったりしますしね。
ああ……お茶の話になってしまうんですけれど、「埋火(うずみび)」のようだなと思いました。
うずみび?
茶道でお湯を沸かす釜は、炭で火を起こしているんですけど、大晦日にはその年に使っていた火を来年につなぐため、炭の上に灰をかけて本当にちょっとの火にするんです。ゆったりと燃えていくように。

はたから見ると消えているように見えるかもしれないけれど、実はその灰の中ではちゃんと燃えている。年を越した時に、その灰をどけてあげるとまた燃え出す、というのが「埋火」なんです。それが、YUIさんのおっしゃる「青い炎」にすごく近いなと思っていて。使う時にはガッと熱を出すけれど、使わないときは大切にしまって、あたためておく。

素敵ですね!コートネームにしたいですね。「埋火YUI」。
かっこいい!すごく好きです(笑)。

 

書道は「今ここ」に集中させてくれる時間

小堀さん
YUIさんはどういったきっかけで書道をはじめたんですか?
YUIさん
2つ上の姉がいるんですけど、幼稚園の頃に姉が通ってた書道教室に通い出したのがきっかけですね。私、小さい頃はすごくシャイで。
意外です。
まあ、今もなんですけど(笑)。授業で「教科書を読んでください」と言われてもめちゃくちゃ嫌で立ちたくない、みたいな子どもでした。でも、書道なら自分を表現できた。それが楽しかったのかもしれないですね。

YUIさんの写真

では、ずっと自己表現として書道をなさっていたんですか?
高校生になると、自分の中で書道の位置付けが変わってきましたね。それくらいの年齢になると、頭の中が忙しくなるじゃないですか。友人関係だったり、将来のことだったり、いろんなことを考えるようになって。そんなとき、書道がゴチャゴチャになった頭の中で整える時間になったんですよね。
自分と向き合える時間というか。
まさにです。やらなきゃいけないことが頭にたくさんあってストレスになるんですけど、書いているときはだんだんそれを忘れることができる。「今ここ」に強制的に集中させてくれるのが、私にとっては書道なのかなと。
なのでアスリートとして活躍されている今も、書道の時間を大事にされているんですね。
そうなんです。大会のためのトレーニングだけじゃなくて、ダブルダッチ自体のプロモーションとか、取り組んでいるプロジェクトが常にたくさんある状態でいると、器用じゃない私にはいつも頭が忙しくて。

だから「そもそもなんでこれをやってるんだろう」とか、超深くまでいくと「なんで生きてるんだろう?」とか考え出すときがあります。そういうときは、一旦いろんなプロジェクトを置いておいて、自分と向き合う時間が必要だなと。

どれくらいの時間、書かれるんですか?
3時間ぐらいぶっ通しでやったりもします。体力も奪われますし、集中力もギリギリなんですけど、書く中で自分の心も研ぎ澄まされて、一筆目で筆が入る角度とかも自然にできてくるようになっていって。でも、心が乱れている時は本当にうまくいかないですよ。ベチャッとなったりとか。
わかります。お茶を点てている時もあります。お道具を「バタッ!」と置いてしまうとか。所作が雑になっていることを通して、「私、最近忙しすぎない?」と気がつくきっかけになっている気がしますね。

小堀宗翔さんの写真

そうそう、「頭の中が忙しいな」ということに気づける。そして書く中で、雑念を削ぎ落としていける感覚がありますね。最終的にゾーンじゃないですけど、目の前の半紙に一点集中できるようになっていく。
やっぱり、茶道と書道は共通するところがありますね。

 

字を通して、自分の心の状態に気づいていく

小堀さん
今日は実際に、YUIさんが書を書いているところを見せていただければということで、お道具を用意しました。
YUIさん
お茶室でできるなんて嬉しいですね。普段は家のリビングで書いているので。じゃあ、さっきお話に出てきた「埋火」を書かせていただこうかなと思います。
わあ、楽しみ!

YUIさんの写真

こんなに見られている中で書くことってないので、緊張しますが、では。

YUIさんの写真

YUIさんの写真

YUIさんの写真

YUIさんの写真

……すごいです。
いやあ、邪念を感じます。もう、見られながら書くことによって、一投目の手の震えを感じましたし。
私はちょっと鳥肌立ちました。ザワっと。手だけじゃなくて、からだで書いていらっしゃって。
でも、字も心細い感じがしますよね。不安そうな字だなあと思います。
そうやって字を見ると、心の状態がわかるんですね。

まず入り方が頼りないんですよ。なんか迷いがすごいある。この跳ね方も自信なさそうで。流れは意識したので悪くないと思うんですけど。息があまりできなかったです、実は。

YUIさんの写真

そのようには思えないほど、素敵な字だと思いました。
ちょっと、もう2枚書かせてください。

YUIさんの写真

(最後の一枚は、YUIさんが集中できるように撮影なしで書いていただきました)

書道の写真

ふう……。
すごいです。息を飲んでしまった。最初の書と明らかに違いますね!
パワーは最初よりも出たかな、と思いますね。

YUIさんと小堀宗翔さんの写真

特に「火」なんて全然違う。字の大きさも全体的に大きくなりましたね。これは納得ですか?
納得はしていません(笑)。でも、一枚目よりのびのびしていますよね。小堀さんがさっきおっしゃった「埋火」の話をちょっと思い出しながら、「絶えず燃えている」ことをイメージして書きました。

書道の写真

YUIさんと小堀宗翔さんの写真

普段はこれを何度も繰り返しながら、自分の心を整理していくんですね。
何十枚も書くと、1番最初に書いた字と最後に書いた字が違いすぎてめちゃくちゃ面白いですよ。書いていきながら、このハネはもっと力強くとか、入りの角度をこうしようとか、どんどん修正していく。そうすると、友達とのちょっとした気になってることとか、自分のプロジェクトとかを考えている暇じゃないですから。
雑念がだんだん削ぎ落とされていく。
それを繰り返していくと、最終的には気持ちがストンと落ちた状態で書くことができるようになります。今日は3枚だったので、なかなかそこまでは難しかったですけど。
いやいや、すごいです。ダブルダッチをしているときのYUIさんのイメージが強かったですが、書を書いている姿を見て本当に圧倒されました。魂を感じましたね。

 

アスリートには「孤独」になる時間が必要

私、最近アスリートはすごく孤独なんじゃないかということを感じていて。

孤独、ですか。

戦国武将がお茶をしていた理由は、孤独だったからだと思うんですよ。誰が味方で誰が敵かもわからない中で、お茶を飲み交わすことで「ほら、毒が入ってないから仲間だよね」と。その安心感をお茶の時間を通して得ていた。

アスリートも同じ感覚なのかなと思って。敵チームと戦わなければいけないことはもちろん、仲間もいるけどポジション争いがあったり。あとは、怪我をした瞬間に選手生命が絶たれたり、将来への不安があったりとか。そういう不安と、孤独に戦っているわけじゃないですか。

小堀宗翔さんの写真

わかります。
でも、お茶室では競技の中では相談できないことを話せたり、普段話せないような他競技の人とお話ができるんです。なので、茶道は孤独なアスリートが、誰かとのつながりを得ることができる場にもなっているのかな、という思いがあって。
まさに今日も、お茶を通じて私と小堀さんがつながっていますしね。実は「孤独」は今日の対談のお話をいただいてから、私もポンと浮かんできた言葉だったんですよ。
そうなんですか?

「孤独」ということを考えたときに、ネガティブなワードのようで、実は私にとっては孤独は必要なんだな、って思ったんです。

孤独が必要。

いろんなプロジェクトで頭がいっぱいになっているときに、生きている楽しさみたいなのを見失いそうになることがあって。それを思い出すためには、自分と向き合う時間が必要です。空間的にも一人になって、誰かのことを気にかけたりすることを一旦ストップして、自分のことを考える時間。小堀さんも、そういう時間が好きじゃないですか?

好きですね。私も、たまたまこういう家に生まれてきたので、不思議だなあと考えることは多いです。「なんで私、生まれてきたんだろう?」というような。決して後ろ向きではなくて、そういうことを一人になって考える時間は欲しくなります。

YUIさんと小堀宗翔さんの写真

だから、孤独は決してネガティブなことばかりじゃないのかなと思いました。強くなるために必要なのかもしれないです。
孤独は強くなるために必要。いい言葉ですね。
それに、今話しながら、自律的な孤独はもしかしたらものすごい贅沢なことなのかもな、と思いました。
孤独が贅沢?
前提として、ラクロスもダブルダッチも仲間がいるじゃないですか。仲間がいないと、「ちょっと今は一人になろう」という選択すらできない。
たしかに。
チームのためにも自分を知る時間があったほうがいいと思います。さっきの戦国武将の話じゃないですけど、仲間と一緒に戦うためにこそ、1人になる時間も必要なのかもしれないですよね。
チームで戦うダブルダッチの世界も、そうなのかもしれないですね。
ある先輩の、「個人が責任を果たすことがチームワークである」って言葉が胸に刺さっていて。たしかに支えあうこともチームワークのひとつであるんですけど、それ以前にやるべきことを個々人がしっかり果たしているチームが、結果的に強いはず。そう思うと、強いチームになるには個々人が内面と向き合うことが欠かせない気がします。
そういう意味では、書道や茶道は内面と向き合うきっかけになりますし、書やお茶ではなくても、その方なりの何かを持っていれば良いですよね。

そうですね。コーヒーを淹れながら頭を整理する方もいますし。

一人ひとりが、自分なりの「動と静」をつくっていけたらいいですよね。

 

■プロフィール

小堀 宗翔(こぼり そうしょう)

遠州茶道宗家 13世家元次女。元ラクロス日本代表、現在は社会人ラクロスクラブチームミストラルに所属。家元のもとで修行後、茶道の普及に努めながらラクロス現役選手としても活動。スポーツと文化の融合・発展に務め、「アスリート茶会」などを主催。

オフィシャルサイト:https://kobori-sosho.com/
Instagram:@kobori.sosho

MISTRAL オフィシャルサイト:https://mistral-lax.com/
MISTRAL Instagram:@mistral.lax

 

YUI

バスケットボールとストリートダンスの経験を生かし、大学からダブルダッチを始める。大学三年時に全国大会優勝。卒業後は、ダブルダッチの魅力を伝える発信力を得るために、ダンスボーカルとして芸能界入りを果たす。2014年から再びダブルダッチの第一線に復帰し、REGSTYLEに所属。チームとして初めて目指した世界大会で見事優勝し、その後三連覇を果たしている現役の世界チャンピオン。その他にもトレーニングジムのコーチや、MC、イベントのオーガナイザー、書道家といった様々な分野に活動の場を広げている。

Twitter:@official_yuissk
Instagram:@yui_regstyle

 

この記事の書き手

山中康司さん
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