スケーターである前に、安藤美姫だから。女性アスリートに今伝えたいこと

世界選手権を二度制覇し、国際スケート連盟公式大会にて女子選手として史上初の4回転ジャンプを成功させたフィギュアスケーターの安藤美姫さん。2013〜2014年シーズン限りでの引退発表後、2013年4月に出産し9月には競技復帰と、早期の産後復帰を経験されました。

当時の彼女はどのように自分と向き合い復帰を果たしたのでしょうか。また、さまざまな苦難を乗り越えた彼女だから伝えたい、女性アスリートへのメッセージとは。8年経った今、改めて伺いました。

(聞き手・文:市川紀珠 写真:山本晃子)

 

安藤さんは、日本財団が運営する、スポーツの力を活用して社会貢献活動を推進するプロジェクト「HEROs」にもアンバサダーとして参加されています。

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不安はなかった。「スケートが楽しい」

ー出産にあたって、不安に感じていたことはありましたか?

安藤さん
実は出産前から、不安や疑問が何もなかったんです。いざ復帰に向けて動き出してからも、「大変だ」とは思わなくて。フィギュアスケート界での産後復帰は前例のない出来事でしたし、もちろん私にとっても初めてのこと。

だからこそ「これが普通」くらいの感覚で毎日を過ごしていました。復帰にあたって難しいと感じたことはなく、むしろ毎日が新鮮で楽しかったのを覚えています。

ー「新鮮だった」というのは、具体的にどういった状況だったのでしょうか?

安藤さん
昔の感覚でやっていても、シングルジャンプすら飛べないようになっていました。であれば昔の自分にすがりつかず、かつてのイメージも全て捨てよう、と。

特にジャンプに関しては「いちからやり直す」思いで取り組みました。幼い頃に楽しくて始めたスケート。当時の感覚に戻っているようで、とても面白かったです。

ーずっとプロとしてやってきた中で忘れかけていたことを、出産が思い出してくれた一面もあったのですね。

安藤さん
そうなんです。幸せだな、楽しいなって。

 

“戻す”のではない。向き合い、新しい自分を作りにいく

ー復帰を目指すにあたって、難しかったことはあったのでしょうか?

安藤さん
コンディションを上手くコントロールできない時はありました。出産を経てホルモンバランスも乱れているので、明日の自分がどういった状態かはあまり予測できません。前日にどれだけ調子が良くても、次の日の朝は起きられないことも少なくなかったです。

他にも骨盤が開いて体のバランスがとりにくくなっていたり、単純に筋肉が落ちていたり。

ーご自身の身体と向き合われる中で、意識されていたことはありましたか?

安藤さん
生活リズムがガラッと変わる中でのトレーニングで、予測できないことはどうしようもありません。冒頭でも述べましたが、現役時代にどうだったかはさておき「今の自分自身と向き合う」ことを大切にしていました。

調整できるのは、その時一瞬一瞬の自分だけなので。

ートレーニングの方法や身体のコントロール法など、情報収集はされていたのですか?

安藤さん
当たり前のことですが、人によって体調は違います。だから特に情報収集もしなかったんですよね。いろいろ調べたところで自分に何が起きるかはわからないので、朝起きた時の自分のコンディションとだけ向き合おうと思いました。

毎日どういう体調で、何ができて何ができないのかを感じながら日々向き合っていました。娘のこともやらなければいけなかったので、上手くバランスを取りながらやっていましたね。

ーやはり、「今の自分と向き合う」ことが重要だったんですね。

安藤さん
はい。日本では何かと比較することが多いですが、その必要はないと思うんです。

自分と同じような経験をした人はいるかもしれませんが、その人にはその人なりの環境があったはずです。やっているスポーツや活動場所も違えば、身体の状況も、家庭の環境も異なります。なので産後復帰されたアスリートの前例を見ることもほとんどありませんでした。

自分に合った復帰スタイルを見つけることが重要なのかなと。結果がどうあれ自分と向き合った経験に意味がありますし、自分で考えることが新たな発見に繋がると感じています。

ー出産前後で、試合に臨む気持ちが変わったりしましたか?

安藤さん
休業期間を経てからの復帰だったので、全日本選手権に出場するためには地方予選を全て通過する必要がありました。通過できる枠数も、毎年異なります。自分がどうなるのかわからない中で戦ったのは初めての経験で、緊張感がありました。

ーそもそもの試合の状況が違ったんですね。

安藤さん
そうですね。昔はどうしても、自分のことで精一杯になってしまうことも多かったです。アスリートにとっては結果が一番求められていることだと思うので、自分の結果にこだわってしまうんですよね。

インタビューでも感謝の気持ちを述べることが多かったですが、振り返れば試合に出ている瞬間は自分に集中していたなと。

私の場合は、引退宣言をしたうえで、期間限定での復帰。自分のために滑るのではなく、応援やサポートをしてくださった皆さんへ感謝の気持ちを大切にして出場しようと決めていました。これまで以上に、1試合1試合を大切に過ごしたシーズンでしたね。

 

アスリートであることは、自分自身という人生の一部

ー引退した今、アスリートの方々へ伝えたいことを教えてください。

安藤さん
アスリート生命は、とても短いものです。引退後の人生の方が長いですし、自分が立ち向かっているスポーツだけが人生の全てではないと思います。二十歳を過ぎると、引退後どういうふうに社会の中で生きていくのかを考えるのも大切なことなのかなと。

アスリートは一般の社会人の方に比べると、社会に関する知識も少なくなってしまいがちです。引退後に何をすればいいのか、どういう活動ができるのかがわからない選手が多いように感じます。いちアスリートとして社会の中で何ができるのかは、考えていってほしいですね。

ー特に女性アスリートの方へ、伝えたいことはありますか?

安藤さん
「自分自身にリスペクトの気持ちを持ってほしい」と伝えたいです。それぞれの悩みはある中でも、幸せの形は必ずどこかにあると思います。「女性だから」という考え方よりも「一人の人間として」、自分自身の幸せと笑顔のための選択をして欲しいです。

私も、「スケーターとしての安藤美姫」と「安藤美姫」は分けてきました。皆さんからしたらアスリートだと思います。でも母が産んでくれた一人の女性としての人生の中に、たまたまスケートがあっただけ。「安藤美姫」がいて、その上で「スケーターとしての安藤美姫」がいるんです。

世間からの見られ方は後者がどうしても先に来てしまいますが、まずは自分自身の人生だということを忘れないで欲しいです。

ーアスリートである前に、一人の女性だ、と。

安藤さん
そうです。「安藤美姫」の人生の中には、出産と復帰がありました。出産を望む方、望まない方、どちらもその方の人生だと思います。日々身体を酷使しているのがアスリートなので、生理やホルモンバランスの崩れによって子供が欲しくてもできない方もいらっしゃいますよね。

どんな状況であったとしても、自分自身を大切にすることを忘れずに幸せになっていただきたいです。もし産後復帰という形が幸せなのであれば、怖がらずに挑戦して欲しいなと。

自分自身の幸せであり、かつ選手としての幸せでもあるのなら、迷わずに自分が信じた道を歩んで欲しいです。アスリートの方々それぞれが輝くための選択なら、私は応援したいと思っています。

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