「経営ど素人」カノアラウレアーズ福岡監督が明かす、Vリーグ昇格の鍵

©B& 左から、松永歩未(まつなが・あゆみ)選手、森田 亜貴斗(もりた・あきと)キャプテンの熊本比奈(くまもと・ひな)選手

福岡県初のプロ女子バレーボールチーム『カノアラウレアーズ福岡』は、2023~24年シーズンからバレーボールVリーグDIVISION3(V3)に新規加入する今最も勢いのあるチームです。

代表理事兼監督の森田さんは元プロバレーボール選手として全国優勝も多数経験。セカンドキャリアとして女子チームの監督に就任しました。しかし待ち受けていたのは、極度の経営難からチームは存続の危機に。そんな時に声をかけてくれたのは現在の拠点である、福智町です。

「Vリーグ参入」という監督の強い思いに惹かれて移籍を決めた、キャプテンの熊本比奈(くまもと・ひな)選手と松永歩未(まつなが・あゆみ)選手。チームの主力選手として活躍し、念願のVリーグ参入が決定しました。ここまでに至る経緯や、Vリーグへの思い、そして競技を引退しても困らないように、大事にしている「自由なチーム」の思いも伺いしました。

 

カノアは「自由なチーム」になるしかなかった

ー監督就任からVリーグ昇格に至るまで様々なことがあったと思います。昇格までの経緯や、チームを率いてきた中で監督ご自身が感じられたことを教えてください。

森田 スポーツチームの立ち上げは想像以上に大変で、難しい局面の連続でした。私自身、バレーしかしてこなかったので、チーム運営に関しては完全にド素人。強化に関しては、大学での指導経験もあったので不安はありませんでしたが、立ち上げ当初の運営は本当に分からないことだらけ。ここまで手探りでやってきました。

その中で最も注力したことは、選手が安心してプレーできる環境作りです。選手って、強いチームに入りたいんじゃなくて、環境の良いチームに入りたいんです。だからチームを強化するなら、環境を整える方が先だろうと思い、雇用創出や運営資金の調達などに力を入れてきました。まずはここを確保しなければという強い思いがあったんです。

仮に私が朝から晩まで選手たちに指導をしたら、チームは一時的に強くなるかもしれません。でもそれでは最終的にチームとして成り立たないんです。チームを継続的に運営するためにも、正直言って強化は後回しでした。

ー選手たちと接する中で、強化が二の次になることに葛藤はありませんでしたか?

森田 葛藤はとてもありましたし、選手たちはそれを知ってたんじゃないでしょうか。彼女たちは賢いですし、私にも波があるので明らかに「今日はいつもと違う」といった日もあったと思います。

ー具体的に「いつもと違う」のはどんな時だったのでしょうか?

森田 例えば、練習前の準備が不十分だった時です。監督業って、現場に来る前がすごく大事なんです。練習前日に、明日はこういう風にしようとか、あれをやろうとかシミュレーションすることが何よりも大事。でも運営業務もあると、その準備が後回しになりがちで、現場に来てから焦ってしまうこともありました。

ー監督の異変を感じることはありましたか?

熊本 頻繁にありました(笑)。「今日ちょっと違うな」という日は、監督と直接コミュニケーションを取っていました。

森田 今はある程度落ち着きましたが、強化に目を向ける余裕がなくなったとき、熊本から声を掛けられることはありましたね。中にはプライドが傷付く監督もいるかもしれませんが、私としては感謝しかなかったです。結果的に選手が発言しやすい環境になったので良かったと思います。

ー結果、選手の自主性が育まれる環境になったんですね。

森田 私の場合は運営も兼務していたので、選手の一挙手一投足までコントロールするような指導をする時間がなかったんです。

彼女たちの限られた現役生活を最大限に生かすためにも、選手が自立するチーム作りを目指しました。もちろん全ての意思決定を選手に委ねることはありません。監督が決めるべきこと、選手が決めるべきこと、その線引きはハッキリさせています。

傍から見るとカノアは「自由なチーム」に見えるかもしれません。でも全てが自由ではないですし、ルールもあります。自立するということは選手たちが自分の頭を使って様々なことを考えなければいけないので、かえって難しい方を選択しているとも感じます。

ースポーツ界では監督が絶対的な存在になってしまうチームも多い中、選手の自主性を尊重する姿勢は素晴らしいですね。

森田 実際、私たちには他の選択肢がありませんでした。厳しく締め付けるような指導スタイルは、カノアの選手たちには合いません。彼女たちの性格を考慮した結果、自然と今のスタイルになっていきました。

「Vリーグ昇格だけは本気」入団のきっかけは監督の熱意

ー松永さんは、会社員として働きながら競技を行われていたそうですが、仕事と競技の両立はいかがでしたか?

松永 私は大学卒業後にカノアへ入団し、最初から仕事とバレーの両方をやる生活だったので、これが当たり前だと思って必死に食らいついていました。

でもやっぱり仕事終わりに練習するのは大変でしたし、練習中に翌日の仕事を考えちゃってバレーに集中できないことも…。

唯一、土日だけが思い切ってバレーができる時間でした。いつも疲労が溜まっていて、練習の行き帰りに眠気を抑えながら運転するのが辛かったですね。

ー疲労の影響もあって運転中に田んぼに落ちてしまったというお話を聞きました。

松永 そうなんです。体育館へ向かう途中、車ごと田んぼに落ちちゃったんです。車を動かそうとアクセルを踏んだのですが、タイヤが空回りしちゃって田んぼから抜け出せず……。次第に「今日はもう練習に行かなくていいか」という気持ちになっちゃって、疲れもあってその場で少し休憩していました。

でもだんだん暗くなってきて、カエルの鳴き声が聞こえてきたんです。その鳴き声があまりにも嫌で、チームに連絡を入れました。幸い怪我がなくて良かったです。

森田 カエルのおかげで助かりましたね(笑)。

ーそういったエピソードもありながら、いつ頃から仕事とバレーの両立に慣れていきましたか?

松永 その後も慣れることはなく、さすがに両立は厳しいと感じて監督には仕事を辞めたいと申し出ました。

森田 こればかりは仕方ありません。仕事と競技の両立は肉体的にも精神的にも厳しいですし、その状態ではバレーに集中できないことは明らかでした。私としてもこれ以上の両立は難しいと判断して、松永の申し出を受け入れました。

ー熊本さんはV1、V2チームでの経験もある中、なぜVリーグ昇格を目指すカノアに入団されたのですか?

熊本 前所属チームで退団を考えていた時に、漠然とですが次は地元の福岡でプレーをしたいと思っていたんです。そのタイミングでカノアの存在を知り、監督とお話する機会をいただきました。

監督からは「運営資金も足りないし、今は環境面も整ってないけど、Vリーグ昇格だけは本気で目指している」と熱弁されて、ここでなら勝ちにこだわって本気でバレーをできると確信したんです。

たしかに環境は整っていませんでしたが、それは後からついてくるものだと思っていましたし、監督の情熱とチームのポテンシャルを信じて、入団を決意しました。

ー実際に入団されてみていかがでしたか?

熊本 今まで所属していたチーム以上に、本気で勝ちにこだわったバレーができているのでカノアへの入団は正解でした。

現役時代からセカンドキャリアを考えることが大切

ー Vリーグ昇格が決まったときはどんな思いでしたか?

森田 本当にゼロからのスタートだったので、監督就任から今に至るまでの道のりを振り返ると、色々大変だったなあと込み上げるものがありました。Vリーグ昇格は簡単ではありませんでしたが、それだけに嬉しさもひとしおです。

熊本 Vリーグ昇格は厳しいかも……と思っていただけに、決まったときは本当に嬉しかったです。

松永 過去にVリーグ昇格が一度見送られた経験もあり、その難しさを知っていたので、昇格決定時には部長やマネージャー、フロントの人たちに心から感謝しました。

ー Vリーグ昇格が決まってから、チームに変化はありましたか?

森田 昇格までの1年半は8〜9人で練習していたのですが、直近2ヶ月で選手が14人に増えました。これまでも入団を希望する選手はいたのですが、我々の受け入れ態勢が整っておらず、やむなく断っていたんです。昇格を機に、より多くの選手を迎え入れることができて嬉しく思います。

ー カノアのエンブレムには「女性が活躍できる社会を自分たちの手でつくりあげる」という想いが込められているそうですが、女性活躍を推進するチームとして具体的に何か取り組まれていることはありますか?

森田 選手たちのセカンドキャリア支援に注力しています。チームとして様々な事業を立ち上げたり、熊本が株式会社MIRAiの代表に就任したり、全ては選手たちが引退後も充実した人生を送れるようにという考えあっての活動です。

男女を問わず、選手たちの人生は引退後の方が長く「第2の人生」をどのようにデザインするかは大きな課題だと考えています。この点に関しては他のチームも課題に感じていると思いますが、実際に取り組むのはなかなか難しいですね。

ー確かに、アスリートのセカンドキャリアは大きな課題ですね。

森田 引退後の社会生活は本当に厳しいです。私自身、バレーに人生を捧げてきた結果、引退後の苦労を身をもって体験しました。現役時代から引退後の人生を視野に入れることは大切ですが、いざ選手にそれを伝えようとしてもなかなか分かってもらえないですね。

引退したら「スポーツ選手」という肩書きがなくなって「ただの人」になると伝えても理解されにくい。だからこそ、彼女たちが自らその現実に気付けるような環境を提供することが、我々の役割だと思っています。

ーお二人は引退後にやりたいことはありますか?

熊本 株式会社MIRAiが、引退した選手たちの一つの選択肢となれるように、まずは会社の代表として事業運営を安定させたいと思っています。

松永 私は、株式会社MIRAiに入社します(笑)。

ー 最後に、今後の目標について教えてください。

森田 Vリーグの舞台で結果を出して、チームとしてさらに上を目指していきたいです。今後はより一層、選手たちがバレーに専念できる環境を作り、チームを強化していきたいと思います。

熊本 チームとしてはV3優勝が目標です。個人としては試合で結果を出すとともに、人としても成長したいです。何よりも、まずはこれまでご支援してくださった方々に結果で恩返しをしなければと思っています。

松永 これからVリーグで戦うことになりますが、カノアがその舞台で戦う価値のあるチームだと証明できるように結果を残したいですし、私としても引き続き精進していきたいです。

RELATED

PICK UP

NEW