「ストーリーが伝わるなら、私の写真でなくてもいい」スポーツカメラマン・南しずかの真意

南しずかさんは、大手総合スポーツ誌から絶えず仕事依頼を受けるスポーツカメラマン。女性が少ないカメラマンの世界で、南さんがアスリートを撮るようになった理由は。写真のみならず、時に文章も寄稿する彼女が、作品を通じて表現したいこととは何なのでしょうか。

カメラマンになるまでの経緯や、カメラマンとして大切にしていることについて、仕事場兼ご自宅にお邪魔してお聞きしました。

(聞き手: 小田菜南子、文: 市川紀珠)

「なる」と決めて行動。カメラマン流の営業法は?

小田
カメラマンになろうと思ったきっかけを教えてください。
南さん
大学時代にお世話になっていた教授が、NHKのドキュメンタリー番組で密着されることになり、「ドキュメンタリー」というものに初めて出会いました。最初は、映画やテレビの現場に興味を持ち、見学に行きました。

そのうち、なんとなくですが「映像よりも写真が向いているな」と思ったんです。私の場合、カメラマンになれるかなれないかはさておき、もう「なる!」と決めて行動しました。

 

小田
なりたいと思ってから、どのように実際にカメラマンになられたのですか?
南さん
カメラマンになると決めたものの、実はカメラなんて一度もちゃんと使ったことがありませんでした。近くのヨドバシカメラに行って、店員さんに「私、カメラマンになりたいんです」と(笑)。まずはそこで機材を勧めていただきました。

いざカメラを買ったら、次はどこで学ぶかです。英語を勉強したら世界が広がるのではないかという単純な動機で、2004年から1年間、ニューヨークにある写真学校に通いました。

仕事道具の一部。ヨドバシカメラから始まった機材との出会い

小田
すごい行動力ですね。卒業して、フリーのカメラマンとしてどのように活動していったのですか?
南さん
アメリカでは、それぞれが自分で営業し契約をとって仕事をするというやり方が主流です。だからまず最初は、「私はこういう写真が撮れます」と雑誌や出版社に示す必要があります。

とにかく自分が撮りたいと思うものを撮って、営業して仕事がもらえるかどうか、の繰り返しでした。例えば、ニューヨークでは夜に無料で観覧できるアマチュアボクシングが行なわれています。そこで許可をもらって撮影し、その写真をスポーツ雑誌の編集部に持っていく。そんな営業を行なっていました。ダメだと言われたら、また撮りに行って。やっているうちに少しずつお仕事がもらえるようになっていったという感じです。

地道な営業が実を結ぶ

小田
『Sports Graphic Number』など、スポーツ好きなら誰もが知る媒体との継続案件も獲得されています。
南さん
私より優秀なカメラマンは日本に大勢いらっしゃいますが、アメリカに住んでいたことで、日本から記者やカメラマンを派遣するより経費削減になることが、お仕事をいただけた要因かもしれません。

 

アスリートのストーリーを、写真で表現したい

小田
スポーツを撮ろうと思ったのはなぜだったんですか?
南さん
カメラマンの中には、社会問題や政治問題などネガティブな問題を取り上げる人もいます。私の場合、そういうテーマは自分も引きずられて、一緒に悲しくなっちゃう気がして。悲しいものより、楽しかったり、人々を勇気づけられるものが撮りたいと思いました。

 

小田
スポーツを撮る上で、大切にしていることは何ですか?
南さん
その選手ならではの物語、ストーリーを伝えることです。選手が大切にしているものに、焦点を当てるようにしています。

むしろ、「写真を撮る」ことよりも「ストーリーを伝える」ことが私にとって一番大事なので、それができるのであれば「私の写真でなくても、他の人が撮った写真でも良い」と思ってしまうくらいです。写真ではなく、コラムの仕事も受けているのはそれが理由。何がなんでも自分がカメラマンで、という気概はないですね。選手のストーリーが的確に伝わるのであれば。

超望遠レンズをつけて回想中。

小田
ストーリーを伝えるためには、選手のことを知って、コミュニケーションをとる必要があると思いますが、どのようにされているのですか?
南さん
本当に小さいことから、コミュニケーションをとるようにしています。競技に直接関係なくても、例えば「チョコレートが好き」だとか。ちょっとしたことから、どんな選手かが見えてきます。

 

小田
現場で、カメラマンとアスリートが話す時間は限られているようにも思います。
南さん
日本だと少ない場合が多いです。アメリカのゴルフツアーでは、数ヶ月といった長い期間を過ごすことになります。日本人も少ないので、自然と言葉をかわすようになりますね。

 

小田
あまりコミュニケーションがとれない現場ではどうされているのですか?
南さん
カメラマンである私がコミュニケーションをする必要がないということは、他にインタビューのプロであるライターや記者の方がいるということなので、無理にはでしゃばりません。

そういった方々がいないような現場で、「この方のストーリーを伝えたい!」と思ったときにコミュニケーションをとるようにしています。

写真だけではなく執筆もおこなう南さん。ストーリーを伝えるための手段は写真に限らない。

小田
ストーリーを伝える写真を撮るために大切なことはなんですか?
南さん
スポーツを撮る上で大切なのは、再現性かなと。練習でやってきたことを、いかに試合で発揮できるかが、スポーツでは大切です。選手のちょっとしたルーティンの中での変化など、違和感がないか注目して見ています。

たとえばプロ野球選手だとバッティング前のルーティンがある場合が多いのですが、それが日によって少し違うときがあるんです。そういった変化を見逃さないようにしています。変化には、必ず理由があるので。

 

今だからこそ、写真でファンに活力を

小田
女性アスリートは、性的な目で撮られることも少なくありません。女性アスリートを撮る上で意識されていることはあるのですか?
南さん
撮る時には、「私自身が女性だからこうやって撮ろう」とは考えていないです。確かに、「美女アスリート」などと一方的に容姿に着目して女性アスリートが取り上げられる問題は認識しています。残念ながら、いちカメラマンである私が強い影響力を持って解決できる話ではありません。私の立場でできることは、当たり前ですが性的に受け取られる写真を撮らないこと。そのような仕事を受けないことだと思っています。

 

小田
そもそも、「男性だから」「女性だから」という議論があるべきではないですよね。南さんのようにフラットに捉えられている方が、選手も嬉しいのではないかと思います。
南さん
そうですね。スポーツカメラマンは男女無差別であるべきかと。その中で、自分が与えられた仕事に対して結果を残していくことが重要だと感じています。

複数のカメラを肩にかけながら一瞬を切り取る。体力もカメラマンの資本。

小田
最近の撮影で印象に残っている選手は誰ですか?
南さん
2019年の全英女子ゴルフで日本勢42年ぶりのメジャー制覇を成し遂げた渋野日向子選手です。彼女はファンに対してもあたたかいし、無名のメディアにも笑顔で対応してくれます。そんな渋野選手を応援したいという空気が、大会の中で徐々に強まっていくんです。彼女の笑顔に魅了された方も多かったと思います。私もその一人で、そんな現場で撮影できたことがとても嬉しかったです。

 

小田
現場にいない方々に、その感動を写真を通じて伝えること。やりがいを感じますね。
南さん
まさにそうなんです。私が伝えたいストーリーが、ファンの方々に届いていると良いなと。現場にいない方々に物語を伝えることが、私の役目です。

今は世界的に新型コロナウイルスが流行していて、大変な状況です。医療などに比べると、写真は必要なものではないかもしれません。だけど、気軽にどこへでもいける状況ではないからこそ、人々の活力になりうるものだと思うんです。写真が誰かの活力になるよう、これからも頑張っていきたいですね。

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