ダイハツ陸上部・前田彩里が振り返る産後復帰「どのライフステージでも、続ける選択肢を」

2022年11月のクイーンズ駅伝にて(写真提供:ダイハツ工業株式会社)

2023年1月、出産後4年ぶりのフルマラソンに挑んだ、ダイハツ工業株式会社陸上競技部の前田彩里(まえだ・さいり)さん。見事、2024年パリ五輪最終選考大会となるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)への出場権を獲得しました。

学生時代には初のフルマラソンながら日本女子学生マラソン記録を更新し、2015年には世界陸上女子マラソン日本代表に選出。しかし、結婚を機にご家族と相談して競技休止を決意し、妊活へ。出産を経て再び走り始めた前田さんに、産後復帰までの経緯や心境をお伺いしました。

(聞き手・文:竹村幸)

「できるなら、やってみたい」

ー産後復帰後、初のマラソンを終えた率直な気持ちを教えてください。

フルマラソンを走りきり結果を出せたことは、自信になりました。2024年のパリ五輪に向けて、大きな一歩になったと感じています。

子供も応援に来てくれていたので、前半は姿を探しながら走っていました。応援に来てくれて嬉しかったですし、勇気づけられました。

ー出産後も、競技を続けたいと思ったきっかけはありましたか?

東京五輪を目指していましたが、怪我で選考会に出場できませんでした。もしあの時ベストを尽くすことができていれば、納得して引退していたかもしれません。

競技に対して心残りを抱えたまま、結婚を機に今後について旦那と話し合っていました。子どもが欲しかったので、年齢を考えると引退した方が良いかなと悩んでいました。

母に相談すると、産後復帰という選択肢を提示してくれたんです。もともとは考えていませんでしたが、「できるなら、やってみたい」と思い、「妊活のために一度休養したい」と会社に相談をしました。20代前半の頃は、こんなに長く競技を続けるとは思っていなかったですね。

ただ、休養期間が長くなると復帰が難しくなってしまうので、最長でどのくらいの期間にするのかも含めて会社と決めていきました。

監督とも「復帰後は、日本代表になってパリ五輪に出場する」と約束をして競技を休止しました。生半可な気持ちでは駄目だと、覚悟は決まっていましたね。

ー復帰に向けてどのようにスタートされましたか?

早く復帰できるように、JISS(国立スポーツ科学センター)の女性アスリート支援プログラムを受けながら、妊娠9ヶ月頃まで練習を続けていました。
※JISS 女性アスリート支援プログラム:女性アスリートの国際競技力向上を目的とし、体の悩みやライフステージの変化に合わせた競技の取り組み方を専門家がサポートする仕組み。

出産前は、「絶対に以前のレベルまで戻す」という自信があったのですが…。身体が戻らず思うように走れない日々が1年近く続き、不安で弱気になることもありました。

ー不安とはどのように向き合ったのでしょうか?

復帰を決意して会社や家族に協力してもらっているからには、諦めずに自分ができることをやっていこうとモチベーションを保つようにしていました。

母が近くでサポートをしてくれたことも大きかったです。母もランナーだったので共感してくれましたし、育児での悩みを聞いてもらっていました。競技に集中できる環境をつくってくれて、感謝しています。

アスリートと母親。上手く切り替えられるように

ー出産後、どのような身体の変化を感じましたか?

脂肪が増えました。アスリートの体つきから女性らしい体型になったので、思うように走れず、筋肉もつきづらかったです。ずっと身体が重いまま走っている状態でした。

断乳してミルクに切り替えた頃からは、戻りが早かったように感じています。体も軽くなって、アスリートらしい体型に近づいていきました。

ー出産前後の練習は、どのような形で取り組まれていましたか?

体調を優先して練習することが多かったですね。練習量は、妊娠前の半分程度。心拍数に制限があり、転倒すると危ないので1人で走らないようにしていました。妊娠してからはすぐに脈拍が上がって制限に達してしまうので、コントロールが難しかったですね。

また大変だったのは、産後の練習です。想像以上に育児は忙しくて、まとまった時間が取れません。3時間おきに授乳をして、合間も子供をみている必要があります。忙しくて、走りに行くのが辛いと感じていた時期もありました。

娘が成長していくにつれて、生活サイクルがわかってくるようになったので、娘が絶対に起きない朝の4時ごろに練習していましたね。

ー朝の4時!早いですね。

そこしか時間が確保できないと思うと、やるしかなくて。

でも、いい気分転換になりましたね。アスリートと母親、それぞれの自分を上手く切り替えられるようになりました。練習の時はしっかり集中して、娘と向き合う時間は競技を忘れてリラックスできました。

ー復帰への兆しが見えたのは、いつごろですか?

ちょうど子供が1歳になった頃です。チームと合流して、合宿に参加しました。練習にはついていけませんでしたが、チームメイトに支えてもらって良い練習ができました。刺激を受けて、なんとかこの1年で戻したいという気持ちになりました。

2023年1月の大阪国際女子マラソンにて(写真提供:ダイハツ工業株式会社)

自由な選択ができる準備を

ー競技復帰を経験して、自分自身の身体について若いうちから考えておきたかったと思うことはありますか?

生理がきちんと来るかなど、自分の身体について知ることが大切だと思いました。出産前までは特に気にせず、女性の身体のことについて知識はあまりありませんでした。妊娠を希望するようになってから産婦人科に通い始めて、先生と話すことで自分の身体について新たに知ることが多かったです。

若い頃は「走れるならなんでもいい」と思っていましたし、周囲でもそのように捉えている選手が多かったです。生理が来ない時も、「楽だな」と楽観的に捉えている選手もまだ多いと思います。選手も指導者も、自分の身体について正しく知ることが必要ですし、出産を希望した時に自由な選択をできる準備が大切だと思っています。引退後の人生の方が長いので、自分を大切にして欲しいですね。

ー改めて振り返ると、ご自身の選択をどう思われますか?

よかったと思っています。

30歳前後で競技を辞める選手が多いですが、出産後も続ける選択肢があっていいと思っています。海外の選手だと産後復帰する選手が増えてきています。そのライフステージを迎えた時に、続けたい気持ちがあれば挑戦できる環境があるといいですね。

陸上界での産後復帰は前例が少なかったので、不安もありました。トレーニング方法など、情報やサポート体制が広がっていけば産後復帰の選択もしやすくなると感じています。

産後復帰は大変ですが、子供からもらえるパワーも多く、競技を続ける上での原動力になっています。ライフステージが変わったとしても競技を続ける選択肢が増える社会になるよう願っています。

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