トライアスロン選手・高嶺直美が産後復帰をする理由。「娘のために、笑顔でゴールしたい」
結婚や出産で競技から離れる女性アスリートが多いなか、2023年8月に行われる世界選手権での産後復帰を目指して、トレーニングに励む選手がいます。トライアスロン選手の高嶺 直美(たかみね・なおみ)さんです。
5歳で水泳を始めて、中学生時代はリレー種目で全国優勝を果たし、大学でトライアスロンに転向。卒業後はプロとして活動し、2022年12月に第一子を出産しました。
海外と比べて日本では産後復帰をする女性アスリートが少なく、妊娠中の運動に対して消極的な意見も少なくありません。高嶺さん自身も、出産前後のトレーニングでは、心と体のバランスを保つことが大変だったそう。さまざまな経験を経て、高嶺さんはどのような気づきを得たのでしょうか。女性アスリートや指導者へ伝えたい思いを伺いました。
(聞き手・文:竹村幸)
「妊娠しても、運動は続けたい」
ー産後復帰を決意したきっかけを教えてください。
友人が産後復帰をした姿を見て、カッコいいなと憧れを持ったことがきっかけです。それまでは、妊娠中の運動に不安を感じて消極的でしたが、一転しましたね。
国内には事例が少ないので、海外の情報を調べるようになりました。海外と比べて、理解や環境が整っていないなかでは難しいかなと思いましたが、ライフステージの変化で(競技を)辞めてしまうのはもったいないし、プレーすることが好きなので決意しました。
ー妊娠中の運動はどのように始められましたか?
すぐに知り合いの産婦人科医に、どう運動を続けるべきか相談をしました。妊娠がわかった時点では、運動することに不安を感じていましたね。
私の性格上、じっとしていられないし運動したい気持ちが強かったのですが、周りからの目が気になってしまって…。でも婦人科の先生が、「お母さんが落ち込んでいたら、子供によくないよ」と背中を押してくれたんです。アドバイスをもらいながら運動を再開して、出産の3日前まで体を動かしていました。
ー続けていくなかで、周囲から反応はありましたか?
「安静にした方がいいんじゃない?」と心配の声をいただくこともありましたが、気にすることはなかったですね。身近な人が前向きに捉えてくれたことが大きかったです。夫からは「自分のことは自分が一番わかってるんだし、気にしなくて良いんじゃない?」とアドバイスをもらいました。
ー妊娠中も運動を続けて、よかったなと感じる瞬間はありましたか?
人と話す時間が増えたことですね。家に1人でいるより、いろんな人と触れ合うことで気持ちが楽になりました。運動はコミュニケーションのきっかけにもなると思います。
SNSへの投稿はすごく悩みましたが、それによって誰かの選択肢を増やしたり、悩んでいる人を勇気づけたりできると思い、発信することに決めました。
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不安しかない。だけど、笑顔でゴールしたい
ー出産後はいつ頃からトレーニングを再開しましたか?
1ヶ月の健康診断後に運動を再開しましたが、こんなにも体が動かないんだとショックを受けました。慣れない子育てと睡眠不足もあって、時間も自分の心もコントロールすることが本当に難しかったです。
昔の自分と比べると焦って余裕が無くなるので、今の自分にできることに優先順位をつけて取り組んでいます。練習で追い込み過ぎて余裕がなくなると、育児にも影響が出てしまうので、バランスを大事にしています。
ー世界大会が8月に行われますね。意気込みはいかがですか?
不安しかないです(笑)。ただ、初めて娘が応援に来てくれるので、ゴールする瞬間を笑顔で迎えたいんです。自分の中でやり切ったと思えるレースができないと笑顔にはなれないので、もっと練習が必要だと思っています。
ー練習量が少ないなかで、不安とはどのように向き合っているのでしょうか?
限られた時間の中で、しっかり集中して効率をあげています。以前は子供を旦那に預けることへの罪悪感から、練習に集中できない時期もありました。「せっかくもらった練習時間なのに、娘のことばかり考えて集中できないのはもったいない」と思うようになってからは、気持ちを切り替えるようにしています。
集中することで練習の質も上がり、育児の合間の良い気分転換にもなりました。帰ったらリフレッシュした状態で娘と向き合うことができています。
挑戦をやめない、綺麗な母でいること
ー競技の中で、女性特有の悩みはありましたか?
妊娠する前は、悩みは無いほうだと思っていました。生理についても、友人と比べたらマシかなと。
なんとなく薬への抵抗もあったので、痛みがひどくても我慢をしてトレーニングを続けていました。他チームのコーチが「生理がきているうちは、まだ追い込める」と話しているのを聞いたときは、「自分は追い込めていないんじゃないのか」と不安になって、さらに体を追い詰めた時期もあります。
その後、妊娠を希望したときになかなか授からなくて、婦人科を受診することにしました。検査の結果、卵管の通りが悪かったことが原因ではないかと。検査をしたときは、激痛が走りました。
生理が順調だったから問題ないと思いこんでいたことに、やっと気がつきました。早い段階で婦人科を受診することの重要性を理解しましたね。
ー婦人科の受診が本当に大事ですね。
競技をしていると、病院に行くことが面倒くさくなってしまいます。生理が止まっていても隠している選手も多く、それを楽だと放置する選手も多いと思います。生理不順を放置しておくと、不妊や疲労骨折に繋がるリスクがあることを知ってほしいです。
女性アスリートの健康的な将来のためには、大人たちが環境を作ってあげることが大事だと思っています。生理について話しづらい選手もいると思うので、コーチとのコミュニケーションを増やして、当たり前に相談できる環境になればいいですよね。
女性の体を知るセミナーを選手と指導者で受けたり、指導者以外にも相談できる人がいる環境を整えたりすれば、組織が良い方向に向かうのではないかと考えています。
自分の体は、自分でしか守れません。引退してからの人生の方が長いことを理解したうえで、知識を得て、周りの人に相談をして、自分の体を大事にしてほしいです。私も生理や、自分の体と向き合うことの大切さを伝えていきます。
ー高嶺さんの今後の目標をお聞かせください。
まずは、8月の世界選手権ですね。出産を経験したことで、どのようにパフォーマンスが変わっていくのか楽しみながら挑戦したいと思っています。
そして、競技に留まらず苦手なことにもトライしようと思っています。メイクもそのひとつ。娘のために挑戦をやめない綺麗な母でいることが、今後の目標です。
ー最後に、新たなライフステージを迎える女性アスリートたちへメッセージをお願いします。
競技だけが人生の全てではない、ということを伝えたいです。競技の結果ばかりに囚われて過度な減量やトレーニングを続けることは、体への負担でしかありません。しっかり栄養をとりながら休息をして、健康的に競技と向き合ってほしいなと思います。女性としての体と心を大切にして、一緒に頑張っていきましょう!