「勝つことに執着しすぎていた」生涯柔道家 中村美里が柔道をやめない目的

写真:本人提供

33歳を迎えても現役続行を表明し、“生涯柔道家”を宣言されている中村美里さん。

世界選手権を3度制覇し、2008年の北京五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪 柔道女子52kg級で銅メダルを獲得している実力者です。2022年8月末、高校卒業から所属し続けた三井住友海上女子柔道部から離れ、現在は柔道の普及活動にも力を入れています。

オリンピック金メダルを目標にする中での葛藤、柔道を通して得たもの、これからの活動への想いを伺いました。

(聞き手・文:競泳元日本代表 竹村幸)

 

中学で初代表、白帯で金メダル獲得

ー柔道を始めたきっかけを教えてください。

小学校2年生の時、テレビで格闘技を見て興味を持ちました。兄とよく喧嘩をしていたので強くなりたくて、やってみたいなと。

そこで友人の父親の紹介で、警察署が開催している柔道教室へ見学に行きました。小さい子供が自分よりも大きい人を投げているところを見てやりたいと思い、通い始めました。

 

ー中学入学時は、柔道を続けるか、迷われたんですよね。

そうなんです。近くの中学校に柔道部がなかったので、ソフトボール部に入ろうかと考えていました。

当時神奈川の柔道場にも通っていて、先生から「本格的に柔道をやらないか」と声をかけていただきました。「頑張ったら、お前は強くなれるぞ」と言ってもらって、嬉しかったのを覚えています。その一言で、柔道部がある中学への入学を決めました。今振り返ると、私の柔道人生のターニングポイントだったなと。

 

ー先生の言葉通り強くなって、中学生で日本代表に選出されています。

初めての日本代表戦は、2003年のアジアジュニア柔道選手権大会でした。日本にない階級があったため、通常の選考方法ではなく、中学校の全国大会での優勝者が代表に選ばれることになりました。

その流れで日本代表に選ばれたのですが、実はまだ白帯だったんです。選出されて驚きました。パスポートも準備していなかったので、学校を休んで急いで作りに行きました(笑)。

 

ー試合は緊張しましたか?

人見知りなので、慣れない環境にいることに緊張しました。周りは高校生。知らない人ばかりだったのでずっと気を張っていましたね。

日本代表では各自でウォーミングアップを行なうのですが、メニューを自分で考えたことがなく困惑しました。コーチにフォローしていただきながら大会を乗り切り、なんとか優勝することができました。

 

ー試合で集中するために、意識していることはありますか?

緊張しすぎないように、人と話すようにしています。柔道の試合は長くても5分程度です。そこに集中力のピークを持っていきたいので、それまではなるべくいつも通り過ごすように意識しています。

写真:本人提供

勝つことがすべて。金メダルに執着しすぎていた五輪

ーこれまでで最も印象に残っている試合を教えてください。

オリンピックは印象深いですね。その中でも2008年の北京五輪は非常に悔しい結果で終わり、自分を強くするきっかけになりました。

 

ー北京五輪での悔しさが原動力になっていたんですね。

それでも、リベンジを果たそうと挑んだ2012年のロンドン五輪の結果は初戦敗退。結果が思うように出ず、柔道が嫌いだと思うこともありました。

2016年までのリオデジャネイロ五輪までの4年間、自分なりに柔道と向き合い、金メダル獲得という目標への気持ちが再燃しました。銅メダルを獲得できて安心した部分もありましたが、目標を達成できなかったことは悔しいですね。

 

ーその後2019年の皇后盃では、生涯柔道家を宣言されていました。苦しんだ時期も多かった中で、ご自身の中でどのような変化があったのでしょうか?

皇后盃(女子柔道無差別級日本一を決める大会)出場が私のもう一つの目標でもあり、夢でした。達成するために、少し視点を変えて取り組んでみようと思いました。

勝つことに執着しすぎず、自分のベストを尽くすことに焦点を当ててみたんです。そうすると、日々自分の成長を感じられて柔道がより楽しくなりました。これまでは勝つことが全てで、オリンピックを目指すことが当たり前。また違った、スポーツとの向き合い方を見つけました。

また、柔道は技が100本もありますし、攻撃防御の理合を習得するための形もさまざまあってとても奥深いスポーツです。自分のベストを尽くすためにはどうすればいいかを考えている中で、自分の知らない柔道の魅力に気づきました。「まだまだ自分が成長し続けたい」と思い、“生涯現役”を宣言しました。

今は段の取得に挑戦をしていて、先日講道館六段の昇段審査を受けました!六段に合格したら、修行を重ね七段にも挑戦する予定です。

 

柔道の魅力をもっと伝えていきたい

ーそして今回、長年所属された三井住友海上を退社して、新たなステージに進まれました。

リオ五輪後、選手兼アドバイザーとして後輩の育成に携わっていました。この数年でやりたいことが明確になってきたんです。

会社に所属していると安心感もありますし、サポートも手厚いです。それでも轢かれたレールの上を進むのではなく、自分のやりたいことに迷わず挑戦したいと思い、退社を決めました。

 

ーこれから、具体的にどのようなことをやっていきたいのですか?

柔道の普及活動や指導に取り組んでいきます。勝ちにこだわってプレーするだけでなく、柔道を通じて成長できる選手を増やしていきたいです。例えば、選手一人ひとりが「柔道に取り組む目的」を考えられるような練習試合を開催したいと思っています。

 

ー素晴らしい取り組みになりそうですね。指導者として大切にしていることはありますか?

選手に声をかけるとき、否定する言葉を使わないようにしています。

例えば、選手が頭を下げている時に「頭下げないよ」と声をかけるより「頭上げるよ」と言う方がわかりやすいと思います。相手によって伝え方を変えるように工夫しています。

また合同練習などたくさんの指導者が集まる時には、どういう声かけをされているのかを聞いて、参考にしています。

 

ー現役の柔道選手に伝えたいことはありますか?

競技に一生懸命取り組みつつ、もっとSNSを有効活用してほしいです。私もあまり更新してこなかったのですが、今になって発信する重要性を感じています。

トップ選手は、多くの人を巻き込む力があると思うんです。SNSをきっかけに、柔道をしていない人が興味を持ってくれたり、試合を見にきてくれたりすれば、さらに柔道界が発展していくのではないかと思っています。

中村さん自身も、YouTubeで発信を続けている

 

ー最後に、今後の抱負とスポーツに取り組んでいる女性へのメッセージをお願いします!

リオ五輪のあと、たくさん自分と向き合って、目的を見つけることができました。これから進む道は、自分で作っていきたいです。作ってもらった道も楽しそうですが、自分で作った道を進む方がやりがいがありますし、成長できるかなと。

ぜひ何かに取り組む時は、目的を考えて目一杯楽しんでください。やるべき理由が明確になれば、楽しくなります。自分の気持ちに素直に進んでいただきたいです!

写真:本人提供

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