出産しても続けたい。ジェフ千葉レディース・大滝麻未が女子アスリートに見せたい背中

 

2021年5月7日、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースの公式ホームページから、女子サッカー界に嬉しいお知らせがありました。

日本代表としても活躍してきた大滝麻未(おおたき・あみ)選手が、妊娠とともに現役続行を発表。

彼女が自ら選んだ選択の背景には、「選手としての価値に気づいていない」女子サッカー選手への思いがありました。2021年9月にはトップリーグのプロ化も控えている中、これからの女子サッカー界の新たなロールモデルとなるために。大滝選手の今の気持ちを伺いました。

ジェフユナイテッド市原・千葉レディースの公式ホームページより)

(聞き手=小田菜南子、文=市川紀珠)

 

気になるのは、周囲の反応。「本当に喜んでくれているのかな」

B&編集部
結婚や出産のライフプランは、元から描いているものがあったのでしょうか?
大滝選手
なかったです。若い頃は「25歳で結婚したい」と思ったりもしましたが、将来のことは考えているようで考えていなかったです。好きなことをやっていよう、と。
B&編集部
妊娠や出産を意識し始めたのはいつ頃でしたか?
大滝選手
結婚後ですね。

日本ではまだまだ、女性アスリートが産後復帰するのは当たり前ではありません。クラブに迷惑をかけてまで、現役を続けるべきなのか、悩みましたね。

クラブには昨シーズン終了後、受け入れてもらえるのであれば現役続行の意思があることは伝えていました。クラブ側がポジティブに受け入れてくれたので、続けることに。クラブの後押しがなければ、辞めていたと思います。

B&編集部
クラブからは具体的にどのような声をいただいたのですか?
大滝選手
女子サッカー界で産後復帰した例として、ロールモデルになっていってほしいと言っていただきました。ジェフ千葉レディースからこういった事例が出るのは嬉しいことだと。
B&編集部
現役続行を決める上で、不安はありましたか?
大滝選手
プロとして契約している中、妊娠によって一定期間練習や試合に参加できないことを周りの選手がどう思うのか、という不安はありました。心から「良かったね」と思えない選手がいても、仕方がないと思うんです。ファンの方々がどう思うかというのもありましたが、選手の反応の方が気になりましたね。でもみんな、心から喜んでくれていると信じています(笑)。
B&編集部
やはり、周囲の反応を気にしてしまう選手が多いんですかね。
大滝選手
私のように、いるとは思います。ただ前例がほとんどないだけなので、今後増えていけば「あ、そうなんだ」くらいになるんじゃないかと思います。

B&編集部
今の女子サッカー界には、どのような産後復帰の事例やロールモデルが必要だと思いますか?
大滝選手
難しいですね。産休をとるのが普通になったとしても、よく思わない人はいると思うんです。産休をとるか、とらないかといった問題だけではないなと。妊娠期間中だからこそチームにどのように貢献するのか、自分がどのように努力するのかを考えて実行することが大事だと思います。
B&編集部
旦那さんは現役続行を伝えたとき、どのような反応だったのですか?
大滝選手
私は旦那が海外の人で、「子どもが欲しいし引退しようかな」と伝えると、「どうして、子どもが欲しいから、引退するの?」と。彼のサポートがあったから、決意できたのもあります。

体調にもよりますし一概には言えませんが、私はギリギリまでやって、早く復帰したいので、その姿勢を見せていきたいです。

 

「選手を続けて何に繋がるの?」一度目の引退

B&編集部
大滝選手は、以前25歳のときにも一度現役を引退してから復帰されています。その時はなぜ引退したのか、「もう一度ピッチに戻りたい」と思った理由を教えてください。
大滝選手
引退を決意したのは、単純にメンタル的にきつくなったからです。「このまま選手を続けて、何に繋がるのだろう」という気持ちが強くなってしまったんです。サッカーが嫌いになりそうだったので、思いきってやめた方が良いかなと。

25歳という区切りは、セカンドキャリアとしてまだ何にでも挑戦できますし、引退するには良いタイミングだと当時は判断しました。復帰するつもりは全くなかったですね。でも一度サッカーを離れてみて、選手としてピッチに立つ価値をあらためて感じました。

B&編集部
選手を辞めても、女子サッカーに関わりたいとは思っていたのですか?
大滝選手
はい。具体的にどういう形で関わるのかは明確ではなかったですが、女子サッカーをもっとたくさんの人に応援される競技にしたいとは思っていました。

イメージがなかったというか…どのように関われるのかすらわからなかったです。暗中模索でしたね。最初は指導者も経験してみましたが、少し違うなと。自分に何が合っているのか、いろんな可能性を探るという意味でFIFAマスター取得という道を選びました。

※FIFAマスターとは、イギリス・イタリア・スイスの3ヶ国で、スポーツ人文学、スポーツマネジメント、スポーツ法について学ぶコースのこと。

 

男子より、女子は“下”?選手の意識を変えていきたい

B&編集部
2019年7月には、女子サッカー選手向けプラットフォームとして一般社団法人「なでケア」を設立されました。女子サッカー界において新たな一歩となりましたが、いつ頃から考えていたのですか?

大滝選手
フランスで現役復帰して、日本に帰国した2018年頃ですね。渡仏前にFIFAマスターも取得していたので、普通の選手には戻りたくなかったんです。現役選手という立場からFIFAマスターで学んだことを活かしてできることは何かを考えていました。
B&編集部
「なでケア」を立ち上げるにあたって、大切にしたことを教えてください。
大滝選手
活動が、常に選手の自発的なアクションから発せられることです。もちろんクラブや協会が関わってくださっているから選手として活動ができていますが、選手自ら動くことも大切だと感じています。選手から行動していかないと、女子サッカー界は変わっていかないと感じています。サッカーに限らず、日本の女子スポーツ界全体的にそうだと思います。

トップリーグの選手でも、「アマチュアだし」「女子サッカーなんて」と、自分たちを卑下するような選手が多いように感じています。チーム内の日頃のコミュニケーションの中でも、男子より女子の方が“下のもの”だと捉えていると感じる場面は多々あります。選手たち自身が自分たちの価値に気づいていないのは、大きな課題です。2021年9月からはトップリーグがプロ化されるので、どんどん変わっていくとは思いますが。

B&編集部
課題を解決するひとつの手段として、「なでケア」を。
大滝選手
そうです。これまでは何も考えてこなかった選手には考えるきっかけを与えたいです。何か思いがある選手にとっては、実際にアクションを起こす場所。これまでは選手が発言できるプラットフォームがなかったので、場があることが大事だと思っています。
B&編集部
選手たちが「女子サッカー選手なんて」と感じてしまう原因は、何だと思いますか?
大滝選手
男子に比べても応援してくれる人が少ないですし、メディアでの扱い方も大きく違います。どうしてもそう思ってしまいますよね。あとは指導者の中でも、選手に「女子サッカーなんて」と思わせてしまうような発言をする人もいます。育成年代からそういった意識が植え付けられてしまう部分があるのではないかと。
B&編集部
大滝選手は海外でのプレー経験も豊富ですよね。海外と日本を比較して、感じたことはありますか?
大滝選手
2011年のFIFA女子ワールドカップで優勝してなでしこジャパンが世界一に輝いたとき、私はフランスでプレーしていました。その後2013年に帰ってきたとき、「あれ?」と思いました。あれだけ盛り上がったのに、選手の条件が何ひとつ変わっていなかったんです。

細かいところを見ると、仕事の環境が少し良くなっていたりと変化はありましたが、日本の選手がアマチュアから抜け出せていないことに驚きました。

B&編集部
選手自らの意識を、「なでケア」を通じて変えていこう、と。
大滝選手
人との関わりを通じて、学ぶことは多いと感じています。社会貢献活動や、育成年代の選手とのコミュニケーションが活動の中心です。育成年代の選手からすると、プロやアマチュアなどのステータスに関係なくトップの舞台で輝いている存在だと思います。

「自分がどう見られているのか」気づく機会がない中で、自分たちを目標としてくれている若い選手とのコミュニケーションは大切だと感じています。コミュニケーションを通じて、自分たちの価値を実感することは大事だと思っています。

B&編集部
大滝選手自身が、選手として劣等感を感じた経験はありますか?
大滝選手
私の場合、劣等感はありませんでした。私はフランスの1部リーグでプレーを始めた時にメディアに取り上げていただく機会が増え、その辺りから意識が変わりました。日本代表としての活動も影響があったなと。ただそういった機会がない選手からすると、自分を客観視することが難しいとは思います。

B&編集部
最後に改めて、現役復帰を通じて女性アスリートに伝えたいことを教えてください。
大滝選手
アスリートに限らず、結婚・妊娠・出産など女性としてのライフステージがあるからやりたいことを諦めるのは違うと、気づくことができました。自分の好きなことに取り組みながらも、女性としてのライフステージを思いきり楽しむ姿を見せていきたいです。
B&編集部
現役復帰後の目標はありますか?
大滝選手
とりあえず早くピッチに戻ること。この先何が起こるのか、実際復帰までどれくらいかかるのかもわからないので、今は戻ることだけを考えて過ごしています。ゆくゆくは、子どもを抱いて試合に入場してみたいですね。

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