ボートレーサー平山智加が語る、母としての挑戦と「水上の格闘技」の魅力
ボートレース界で女性初の「最優秀新人賞」を受賞し、現在は2児の母でもある平山智加(ひらやま・ちか)さん。結婚・出産を経ても第一線から離れず、子育てと両立しながらレーサーとして活躍されています。さらに現在は、個人YouTubeチャンネルも開設し、ボートレースの魅力を自らの言葉で発信。認知を広げる活動にも力を入れています。
そんな平山さんに今回は、ボートレースを始めるまでの経緯や、妊娠中や産後の苦悩、家庭と両立させながら競技に向き合う姿勢、そしてボートレースの面白さやその想いまで、お話を伺いました。

〈写真提供:浜名湖ボートレース企業団〉
目次
全ては父のひと言から。ボートレーサーを目指すまでの道のり
ーまずは、ボートレースを始めたきっかけを教えてください。
もともとはフィットネスのインストラクターを目指して専門学校への進学を考えていましたが、親に「そんなお金はない」と言われ、諦めて就職することにしたんです。でもどうしても気持ちが乗らず悩んでいたときに、父から「ボートレースはどうだ?」と勧められました。
それで小さい頃に連れて行ってもらったレース場を思い出し、久しぶりに足を運んでみたんです。目の前で繰り広げられる水上の激しいレースを見た瞬間、「自分もやってみたい」と心が震えたのがきっかけでしたね。
とはいえ、すぐに挑戦できたわけではありません。ボートレーサーになるには、身長や体重など、厳しい基準をクリアする必要があり、当時は視力がその基準を満たしていませんでした。それでも夢を諦めきれず、高校卒業後にレーシック手術を受けてから試験に挑戦。結果的に、2回目の試験で合格できました。
ー手術の結果次第では、この世界にいなかったかもしれないですよね。
もし両目とも視力が悪かったら、ボートレーサーを目指そうとは思わなかったと思います。でも、たまたま右目だけが悪かったので、ある意味ラッキーでしたね。
ー視力の問題を乗り越えてまで夢を掴んだ、その粘り強さの原点はどこにあるのですか?
学生時代に所属していたバスケットボール部での経験が大きいですね。小学生の頃からミニバスに所属し、男子チームと対戦するのが当たり前の環境で育ちました。中学では経験者が2人しかいないチームでしたが、県大会では優勝を経験。高校では全国ベスト8を目指す強豪校に進学しました。170cm台の選手がいない小柄なチームだったため、どうすれば勝てるかを常に考え、練習メニューを自分たちで考えたり、外部コーチを呼んだりしたこともあります。
入学してからの2年間は試合に出られませんでしたが、「このまま終わりたくない」と気持ちを切り替え、努力し続けました。上下関係も練習も厳しかったですが、精神的に辛さを感じることはあまりなかったです。むしろ「どうすれば強くなれるか」を考えることに集中していました。
今振り返ると、もし順調に歩んでいたら、努力の大切さに気づけなかったかもしれません。いろんな経験の積み重ねが、今のボートレースにも活きているのだと感じます。

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ーボートレーサーとして実力を伸ばすうえで、転機となった出来事はありますか。
一番大きな影響を与えてくれたのは、夫の存在です。夫も現役のボートレーサーで、プロペラの開き方や調整方法、レースでの走り方や駆け引きなど、技術面の多くを彼から教わりました。ボートレースは3周という短い勝負の中で、ほんの小さなミスが順位を左右します。その「どこをどう走るか」という重要なポイントを、若いうちから学べたのは大きな財産です。
夫はアメとムチの使い分けが上手く、その人に合った指導ができるタイプ。彼の的確なアドバイスと、周りの方々の支えがあったからこそ、成長への近道を歩めたのだと思います。
結婚・出産を経て感じた、「もう一度挑戦したい」という想い
ー結婚や出産といったライフステージの変化のなかで、どのように競技や人生の選択をしてこられたのか教えてください。
結婚が早く、夫とは年の差もあったので、子どもを授かるタイミングにはとても悩みました。若いうちに子育てを始めれば早く落ち着くかもしれませんが、「競技を続けたい」という気持ちが強く、その時は自分の挑戦を優先しました。
20代の頃は葛藤の連続でしたが、諦めかけた頃に授かることができ、「人生って本当に何が起こるかわからない」と実感しました。計画的に決めてきたわけではなく、その時々で悩みながら選択してきただけですが、振り返るとすべてが今につながっているように思います。
もし早い段階で子どもを授かっていたら、 GIクイーンズクライマックスやGIレディースチャンピオンなど大きな舞台に立つことは難しかったかもしれません。もちろん子育てをしながら結果を残す選手もいますが、私にとってはこのタイミングだったからこそ、今のキャリアを築くことができたのだと思います。

〈写真提供:浜名湖ボートレース企業団〉
ー出産を経て、再び競技に戻ることに不安はありませんでしたか。
もちろん不安はありましたが、私の場合は夫の両親と二世帯住宅で暮らしていたため、子どもを預けられる環境にはとても恵まれていました。安心して任せられる環境があったからこそ、「もう一度挑戦しよう」と決意することができました。
ー妊娠中の身体の状態はいかがでしたか。
本当にしんどかったです。特に二人目の妊娠では、切迫早産で約2ヶ月間入院生活を送りました。点滴につながれたまま、ほとんど寝たきりの状態。動けるのはトイレに行くときくらいで、気づけば足がごぼうのように細くなっていました。退院後も手すりなしでは階段を上がれず、しゃがんだ状態から立ち上がることもできないほど。「いったいどこに力を入れていたんだろう」と、自分の身体の変化に愕然としました。
ー選手として身体の状態を戻すのには苦労もあったのかと思います。完全に感覚が戻るまでには、どれくらいの時間がかかりましたか?
復帰して2〜3か月ほどで少しずつ感覚が戻り始めましたが、頭の中のイメージと身体の動きが一致するまでには、約1年かかりました。
今でも忘れられないのは、出産後初めてボートに乗ったときの衝撃です。以前は当たり前にできていた動きができず、体に力が入らない。復帰するにあたって筋トレで鍛えていたはずなのに、ボートでは全く役に立たなかったです。だからこそ「とにかく乗って慣れるしかない!」と思い、できる限り水面に出て感覚を取り戻すことにしました。復帰して改めて、何気なくターンを決めている選手でも、それだけで相当な基礎体力があるのだと思い知らされましたね。

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不安を自信に変える。トップレーサーが実践する「心の整え方」
ー家庭との両立の中で、レースに100%集中するために、日頃からどんな準備を心がけていますか?
私の場合、レースへの準備は家から始まっています。というのも、レース場に入ると宿舎生活なので携帯電話も使えません。もし家庭に不安や悩み事を残したまま来てしまうと、レース中もそのことばかり考えてしまい、集中力を欠いてしまうんです。だからこそ、家での時間を何よりも大切にしています。
家族が元気で、ストレスなく過ごせるように気を配り、家事や育児、掃除などやるべきことをすべて片付けて、心がスッキリと整った状態でレースに向かう。夫婦仲が良く、家族が「頑張ってね」と元気に送り出してくれる。そんな安心できる環境が、結果的に良い仕事につながっていると思います。
家庭の準備が万全であって、初めてレースに100%集中できる。そこまで整えば、あとはもうシンプルです。プロペラを叩き、ボートに乗り、レースに挑む。ただ、それだけです。
ーレース直前には、具体的にどんなことを意識していますか。
私の場合はまず、後で後悔しないように、不安材料を一つずつ潰していく作業に集中します。エンジンの状態やプロペラの調整などを時間がある限り試し、「これで良い」と自分の中で合格点が出せれば、あとは落ち着いてレースに挑むだけ。もちろん、毎回完璧に仕上がるわけではありません。ほとんどの場合、不安や疑問と向き合い、それを一つひとつ解消して自信に変えていくプロセスの繰り返しです。

〈写真提供:浜名湖ボートレース企業団〉
ーレースが続くなかで、どのように気持ちを切り替えていますか。
ボートレースは、たとえエンジンの調子が良くても、次のレースではそのエンジンと「さようなら」なんです。一緒に走るメンバーも毎回変わるので、良くも悪くも気持ちを切り替えやすい仕事だと思います。次に良いエンジンを引ければ結果が出るかもしれませんし、逆に思うようにいかないこともある。この不確定さを前向きに捉えられることが、この競技の面白さですね。
もちろん、振り返って修正すべき点はありますし、自分に足りない部分は改善しなくてはいけません。ただ、過去の失敗を引きずっても仕方ないので、「終わったこと」と割り切って次のレースに集中するようにしています。
臨場感は想像以上。ボートレース生観戦の魅力
ーまだボートレースを観たことがない女性の方も多いと思います。そうした方に向けて、観戦のきっかけや楽しみ方を教えてください。
昔のレース場というと、少し近寄りがたいイメージがあったかもしれません。ですが現在は、蒲郡や鳴門、丸亀など多くのレース場が次々にリニューアルされているんです。スタンドが整備されたり、下関には「モーヴィ」という子どもが遊べるスペースができたりと、環境がすごく変わってきています。
もちろん、全てのレース場ではありませんが、今やカップルや家族連れ、若者から年配の方まで、誰もが気軽に訪れやすい施設になっています。レース観戦だけでなく、食事や遊びも充実したスポットに変わりつつあるので、初めての方でもきっと楽しめると思います。
ー平山さんはYouTubeでの発信にも力を入れていますが、どのような想いで始められたのですか?
一番は、やはり「ボートレースの魅力を、もっと多くの人に知ってもらいたい」という純粋な想いです。昔ながらのイメージが根強かったり、ボートレース場がない地域が多かったりと、この競技の面白さがまだまだ伝わりきっていないという歯がゆさをずっと感じていました。まずは「知らない人に興味を持ってもらう」ことが第一歩。そう考えていた中、コロナ禍の2020年5月に兄と一緒に挑戦してみることにしたんです。
やるからには中途半端なことはできませんから、「次はこういう感じでいこう」と試行錯誤の毎日。初心者の方にも「ボートレースって面白そう」と感じてもらえるよう、気軽に質問できる場づくりを目指して活動しています。
ー最後に読者の方へメッセージをお願いします。
ぜひ一度レース会場に足を運んでほしいです。もちろんインターネットでも観られますが、やはり現地でしか味わえない迫力があります。エンジン音、水しぶき、独特のガソリンの匂い…。五感で感じる「水上の格闘技」の臨場感は、きっと想像以上だと思います。
そして、もしレースを見て「自分もやってみたい」と感じた方がいたら、ぜひ挑戦してほしいです。野球やサッカーと違い、ボートレースは男女が同じ舞台で戦う、世界でも珍しい競技。女性レーサーは全国に約300人しかいませんが、誰もが対等に勝負しています。選手として挑戦する道、観客としてその迫力を味わう楽しみ、ボートレースには他にはない魅力が詰まっているので、ぜひ気軽に遊びに来てください。

〈写真提供:浜名湖ボートレース企業団〉
