「ピルだけでは解決しない」中川真依が考える、生理との向き合い方

 

高さ10mから時速60kmもの速度で入水する高飛び込み競技。体にかかる衝撃は、およそ1t(トン)にもなるといわれています。

北京・ロンドンと2大会連続で五輪に出場した高飛び込み元日本代表 中川 真依(なかがわ・まい)さんは現在、女性アスリートに生理のことを正しく学ぶ機会を提供する団体「Woman’s ways」の理事として活動されています。

中川さん自身、現役時代に生理に悩まされたアスリートのひとり。北京ではかつて経験したことのない生理痛に襲われ、ロンドンでは体調を万全にするためにピルを服用したものの、思いもよらない結果を迎えてしまったといいます。

それらの経験から生理との向き合い方は、どのように変わったのでしょうか。現在の活動をはじめた経緯、そして生理に悩むアスリートに伝えたい思いを伺いました。

(聞き手・文 竹村 幸)

気兼ねなく相談できる信頼関係が必要

ー「Woman’s ways」の理事として活動を始めたきっかけを教えてください。

国際女性デーのイベントで潮田玲子さんと対談をしたことがきっかけです。現役時代に悩んでいたことを話すなかで、当時は生理の知識がなく、選択肢も少なかったなと。そして、今の学生たちに目を向けても、状況はあまり変わっていないことを知りました。

当時の私たちと同じように知識が足りず、選択肢がなくて困っている子供たちを救えるよう、潮田さんが発起人となって、杉山愛さん、狩野舞子さんと「Woman’s ways」を立ち上げました。

ー中川さんは、どのようなことを現役生活中に悩まれていましたか?

飛び込みは水着1枚で演技をするので、体型の変化がすごくわかりやすいんです。その影響で小学生高学年の頃から体重の変化に敏感になってしまい、節制を始めました。また競技の特性上、瞬発力が必要になるので、少し食べすぎただけでも回転が遅くなり、すぐにコーチから指導が入りました。

中学2年生の頃には初潮があり、体型の変化や食欲も増えて、体重のコントロールに何度も失敗しました。その頃は、ホルモンが影響しているとわからなかったので、上手くいかないことにイライラしてしまう日々が続きました。

ーいつごろ月経期にホルモンの乱れがあることを知りましたか?

高校生の時に同じ競技をしている友人と「生理前ってイライラするよね」などの情報交換をするようになって、女性の体のことを少しずつ知り始めました。同じ境遇だと、悩みも似ていて相談しやすかったことを覚えています。

ー指導者には、生理について相談していましたか?

全く相談していませんでしたね。生理を考慮してトレーニングを変更してほしいと思っていても言える雰囲気ではなかったので、我慢するかお休みするという二択でした。コーチに生理のことを、気兼ねなく話せたら良かったんですけどね。

なんでも話せる関係性を構築するためには、相手のことを思い合える環境を作るための正しい知識が必要だと感じています。

ピルを飲むだけでは、解決しない

ー水中競技での、生理との向き合い方を教えてください。

飛び込み競技は、一本飛ぶごとにプールから上がり陸上で待機します。その時に、体が水圧から解放されて経血が一気に出てしまうことがあり、血が漏れることがあるんです。経血が漏れていた時は、仲間に声をかけてもらって拭いたりしながら対処していました。
選手はタンポンを使用して経血の漏れを防ぐのですが、私はタンポンを挿入すると骨盤に違和感を感じるので、使用することに抵抗を感じていた時期もありましたね。

ー競技中の経血の漏れは気になりますね。生理痛は感じていましたか?

初めて出場した北京五輪の決勝戦が生理と被ってしまい、今までにない生理痛に襲われました。鎮痛剤をドクターに処方してもらって挑みましたが、いつも飲まない薬だったので手足の感覚が鈍ってしまい、違和感を感じながら試合を終えました。鎮痛剤を服用するほどの生理痛を経験したことがなかったので、自分の体がどう反応するのかを把握できていなかったんです。

4年の月日が流れてロンドン五輪出場が春に決まり、同じ過ちを繰り返さないように婦人科を受診してピルの服用を始めました。飲めば大丈夫と安易に思っていましたが、自分の体に合わず、むくみがでて筋力も低下してしまいました。体の変化に気が付いたのが、オリンピックが始まる数ヶ月前です。

トレーナーさんと相談して、ピルの服用を中止しオリンピックに向けて改めてコンディションを整えることにしました。10m高飛び込みでは、体に1tの負荷がかかります。筋力が弱っている状態で練習を重ねたので、腹筋の肉離れに、首の捻挫、精神的にも相当弱ってしまいました。オリンピックまでに、飛べる状態まで戻りましたが、万全ではなかったので決勝を前にしてぎっくり腰になってしまい、ロンドン五輪が終わってしまいました。

ー目標にしていた試合での怪我は辛いですね…。

辛かったです。でもその経験があるから、生理との向き合い方は人それぞれで、ピルを飲めば解決するわけではないことを伝えていきたいんです。

もちろん、ピルを否定するわけではありません。自分に合うものを探す過程の大切さを伝えたいと思っています。

写真:本人提供

女性も男性も、一緒に学んでいく

ー先日は日本財団HEROsの企画として、横浜女学院でワークショップを開催していらっしゃいましたね。学生たちを巻き込んだ、すごく素敵な活動だと思いました。
イベントの内容はこちら

周りが理解する環境を作るには、みんなで一緒に学ぶ時間が必要だと思っています。正しく理解することで、お互いに寄り添い合うことができるのではないでしょうか。

例えば、PMS(月経前症候群)でイライラしてしまっているとき。ホルモンバランスの乱れが原因だと理解するだけでも、人間関係の悪化を防ぎ、女性が安心して生活できる環境を作ることができると思います。

ー中川さんが考える指導者と選手の理想の関係は?

選手に我慢させるだけでなく、選択肢を提供してほしいなと思います。選手自らの意思でその日の行動を決めることも、限られた選手時代を悔いなく過ごすためには必要なことです。

また、ピルの服用など新しいことに挑戦する時は、リスクを伴うことは知っておくべきです。引退後の人生も見据えて、一緒に考えられるような関係を築けると良いのではないかと感じています。

ーアスリートの人生は競技だけではないですし、長期的なプランを考えることが大切ですね。それでは最後に、今後の目標を教えてください。

生理について知ってもらう機会を増やすために、地道に活動を続けていきたいです。最近は、性教育の低年齢化も進んでいて、身体を大事にすることが習慣になっています。幼少期から正しい知識を学ぶことができれば、困った時に相談しやすい社会になると思っています。

選手の方には、競技のためだけに一生懸命になるのでなく、自分の将来を一歩引いた目線から考える時間を作ってほしいなと思います。その後の人生もきっと充実すると思うので、ぜひ自分の身体の状態を考える時間も作ってみてくださいね。

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